「急じゃないよ」母が初めて明かした本音
佳代子さんは、これまで言わずにいたことを一つずつ話しました。
慎吾さんが帰ってくるたびに部屋を整え、食事を用意し、外食代を払い、帰りには交通費まで渡してきたこと。それを嫌々やっていたわけではないけれど、69歳になった今も続けるのは少しずつ負担になっていること。
「あなた、もう39歳でしょう。帰ってくるのはいいけど、私が何でも用意するのが当たり前みたいになってるのは違うと思う」
慎吾さんから「だったら言ってくれればよかったじゃん」と返され、佳代子さんも、自分が何も言わずに世話を続けてきたことには原因があったと思いました。それでも、この先まで同じようにできるとは思えません。
「私も今まで何も言わずにやってきたから、それはよくなかったと思う。でも、もう同じことはできないよ。今までと同じつもりなら、もう帰ってこなくていい」
そこまで母が負担に感じていたとは思っていなかった慎吾さんは、すぐには言葉を返せませんでした。
普段の慎吾さんは、自炊こそあまりしないものの、洗濯や掃除など身の回りのことは当然自分でしています。ところが実家へ戻ると、食事が出てきて、使った食器もいつの間にか片づき、寝具まで準備されています。その環境を長年当たり前のように受け入れていたことに、初めて気づいたといいます。
佳代子さんも、息子との関係を断ちたいわけではありませんでした。伝えたかったのは、実家へ帰ってくることと、母親が昔と同じように何でも世話をすることは別だということでした。
その後も慎吾さんは実家へ帰っています。
ただし、帰省前に佳代子さんへ「何か買っていくものある?」と聞き、自分の飲み物や朝食は途中で買ってくるようになりました。外食をすれば自分の分を支払い、帰り際に佳代子さんがお金を出そうとしても受け取りません。
佳代子さんも、息子が帰るからと特別な食材を大量に買うことはやめました。夕食を作る日もあれば、「今日はそれぞれ好きなものを食べよう」と済ませる日もあります。
「前は、帰ってくるとなったら朝から準備していました。でも、考えてみればお客さんじゃないんですよね。自分のことくらい自分でやってもらえばよかったんです」
親が高齢になっても、成人した子どもが実家へ戻れば、昔と同じ親子関係に戻る家庭はあるでしょう。しかし、親の体力や家計は年月とともに変わります。以前は負担ではなかった食事の準備や寝具の出し入れも、いつまでも同じように続けられるとは限りません。
親子のどちらかが無理を重ねる前に、今の年齢や生活に合った帰省の形へ変えていくことも、長く良い関係を続けるためには必要なのかもしれません。
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