「二人が使えばいいよ」娘の一言で手放した遠慮
その年の夏、和子さんは例年通り、娘一家の帰省を待っていました。
「今年はいつ来るの?」
ところが奈緒さんから返ってきたのは、「今年はたぶん帰れないかな」という答えでした。上の孫の部活動と夏期講習があり、家族4人の予定がなかなか合わないといいます。
「じゃあ、お正月は泊まりに来られる?」
「泊まるとしても一晩だと思う。それに、無理に部屋を空けておかなくていいよ」
「でも、あなたたちが帰ってきたら困るでしょう」
「そのときは布団を敷けばいいし、近くのホテルに泊まってもいいじゃない。お父さんとお母さんの家なんだから、二人が使いやすいようにしたら?」
電話を切った後、和子さんは娘の部屋を眺めました。
孫のために買った小さな机、何年も開かれていない絵本、来客時にしか使わないベッド。そこにあるものの多くは、「今使っているもの」ではなく、「いつか家族が来たら使うもの」でした。
夫婦は娘にも確認したうえで、少しずつ整理を始めました。
思い出の品は奈緒さんに必要なものを選んでもらい、古いベッドと学習机は処分。孫のおもちゃも一部だけを残しました。
空いた部屋には俊夫さんの本棚と机を置き、窓際には和子さんが洋裁に使える作業台を置きました。
総務省統計局『令和5年住宅・土地統計調査』によると、2019年以降に高齢者等のための設備工事を行った持ち家の割合は全体で13.0%ですが、世帯内の最高齢者が75歳以上の場合は22.2%でした。年齢を重ねるなかで、手すりの設置や浴室・トイレの工事など、現在の暮らしに合わせて住まいを整える世帯もあります。
数ヵ月後、奈緒さん一家が久しぶりに帰省しました。
「本当に変えたんだ」
元自分の部屋を見た奈緒さんが笑うと、和子さんは、「だって、もう使いますって言ったでしょう」と答えました。
その日はリビング横の和室に布団を敷き、孫たちはそこで寝ました。以前と違って専用の部屋はありません。それでも、家族で食卓を囲む時間は変わりませんでした。
子どもや孫が帰省する場所を残しておきたいという気持ちは自然なものです。しかし、子どもの結婚や孫の成長によって、家族が集まる頻度や過ごし方は変わっていきます。
年に数日の帰省に合わせて住まいを維持するのか、そこで毎日暮らす人が使いやすい形に変えるのか。家族を迎える場所をなくさなくても、今の生活に合わせて家の使い方を変えることはできます。高齢期の住まいを考える際には、「いつか使うかもしれない部屋」だけでなく、そこで過ごす自分たちの毎日にも目を向けることが大切です。
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