静まり返る食卓…「お前には1円も渡さない」
「どうせ将来もらうお金なら、早くもらって運用したほうがいいんだ。なんでかっていうとね……」
直哉さんは早口で続けました。仮に1,000万円を年6%で運用できれば、10年後には約1,800万円近くになる。長く運用するほど複利の効果も期待できる――。投資をしてきた直哉さんにとっては、合理的な話でした。
しかし、父の表情は厳しいものでした。
「呆れるな。ま働きたくない。結婚もしない。やりたいことも特にない。それなのに、俺たちが何十年もかけて貯めた金だけは早く欲しいっていうのか? 俺はそんなお前に1円も渡したくない」
食卓が静まり返りました。
1億2,000万円という目標を決め、毎月いくら投資するか、何%で運用すれば届くかを計算する。SNSで同世代の資産額を見ては、「自分ももっと早く」と焦る。けれど、1億2,000万円を達成したあと、何をしたいのか――。
改めて考えてみると、具体的な答えがありませんでした。
「親の金まで、FIREの資金として見てしまった」
「父に言われて、初めて気づきました。俺はお金を増やすことと仕事を辞めることばかり考えて、その先のことを何も考えていなかったんだと思います。親のお金まで欲しがった自分が恥ずかしい……」
直哉さんは項垂れます。
金融庁によると、NISA口座は2025年12月末時点で2,820万口座を突破しました。生活を切り詰めてまで投資資金を捻出する“NISA貧乏”が話題になるほど、投資熱が高まっている今。「少しでも多く資産を増やしたい」と、若いうちから投資に励むこと自体は決して悪いことではありません。
しかし、直哉さんの場合、「40歳でFIREする」という目標が先行し、その先にどんな人生を送りたいのかまでは考えていませんでした。それなのに、FIREに必要な資産を少しでも早く築くため、ついには両親が長年かけて築いた財産まで、自分の資産形成の一部として考えてしまったのです。
FIREは本来、「働かないこと」が目的ではなく、自分の時間や生き方を自分で選ぶための手段です。会社を辞めたあと、何をしたいのか、どんな人生を送りたいのか。そこまで考えてこそ、FIREは単なる「働きたくない」という願望ではなく、自分らしく生きるための目標になるのではないでしょうか。
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