貯金が120万円しかなくて実家を出られない
相談室で誠さんが最初に口にしたのは、意外にも前向きな言葉でした。
「先生、そろそろ家を出ようかと思うんです。ただ、貯金が120万円しかなくて。この歳で、この額って……やっぱりまずいですよね」
「まず、位置を確認しましょうか。金融経済教育推進機構の2025年の調査では、40代単身世帯の金融資産の中央値は100万円。約3人に1人は金融資産ゼロです。数字のうえでは、誠さんは真ん中より上にいます」
「え、そうなんですか。ちょっと安心しました」
「ただし、です。同じ調査では1,000万円以上を持つ40代単身も2割いて、貯まっている層とそうでない層に、はっきり二極化しています。そして誠さんが本来いるべきなのは、間違いなく前者の側なんです」
国税庁の「令和6年分 民間給与実態統計調査」では、給与所得者の平均給与は478万円。誠さんの450万円は、ほぼ平均どおりの稼ぎです。一方、総務省の「2025年 家計調査」をみると、一人暮らしの生活費は月17万円前後。この数字には持ち家の人も含まれるので、賃貸を借りれば実際は20万円近くかかります。
「つまり一人暮らしの同僚は、手取り23万円からそれだけ払って生活している。では、家に3万円しか入れていない誠さんの手元には、毎月いくら残っているはずですか」
「……計算上は、20万円ですね」
「そうです。仮にその半分の10万円を貯めていたとしても、年120万円。20年なら2,400万円です。でも実際の貯金は120万円。差額はどこへ消えましたか」
誠さんは、しばらく黙り込みました。車のローンに月3万円、趣味のゲームと動画配信への課金、同僚との飲み会、週末の外食。一つひとつは小さくても、家賃という重石がない家計は、支出の総量を意識する機会そのものがありません。
「実家暮らしはお金が貯まる、とよくいわれます。でも私の相談経験では逆のケースが目立ちます。家賃ゼロという安心感が、財布の見張り番を眠らせてしまうからです。しかも誠さん、もう一つ大事な視点があります。ご両親の年金額と、ご実家の維持費がいくらか、ご存じですか」
「いえ、聞きづらい話題ですので……」
「誠さんの食費も、光熱費も、住む場所も、実際にはご両親の年金が支えています。言い換えれば、見えない家賃を親御さんが肩代わりしている状態です。お父さまは79歳。この構造は、あと何年続けられるでしょうか。相続や介護が始まったとき、固定資産税も修繕費も光熱費も、全部が誠さんの120万円に襲いかかってきます」
念のため申し添えると、48歳で独身であること自体は、いまや特別なことではありません。2020年の国勢調査ベースでは、50歳時点の未婚割合は男性で24.6%。およそ4人に1人です。問題は独身でも実家暮らしでもなく、その生活を支える家計の構造を、本人が把握していないことなのです。

