「見せたい場所がある」夫が向かった先で知らされた計画
「日曜日、少し遠出しないか。見せたい場所があるんだ」
夫の孝夫さん(仮名・65歳)からそう誘われ、明美さん(仮名・60歳)は久しぶりの夫婦での外出を楽しみにしていました。
孝夫さんは数ヵ月後に定年退職を控えています。明美さんは結婚を機に会社を辞め、二人の子どもを育てながら、専業主婦として家庭を支えてきました。
子どもたちはすでに独立。住宅ローンも残りわずかです。退職金は約2,400万円の見込みで、夫婦の年金は孝夫さんが65歳、明美さんが65歳になった後、合わせて月約24万円になる予定でした。
明美さんは、退職後について具体的な話し合いはしていなかったものの、現在の自宅で暮らしながら、年に何度か旅行へ行ければ十分だと考えていました。
ところが、車は高速道路を降りた後も走り続け、到着したのは孝夫さんの実家から車で15分ほどの場所にある中古住宅でした。
「ここ、どう思う?」
案内されたのは、築28年の平屋です。価格は約1,300万円。庭があり、室内も改修すれば十分住める状態でした。
明美さんが「どうしてこの家を見るの?」と尋ねると、孝夫さんは当然のように答えました。
「退職したら、ここへ引っ越そうと思ってる。今の家を売れば、これくらいは買えるだろう」
明美さんが初めて聞く話でした。
孝夫さんは、都市部の自宅を売却し、故郷へ戻るつもりで、不動産会社にもすでに相談していました。家庭菜園をしながら、昔の友人と釣りを楽しみたいと話します。
「でも私はここに知り合いがいないし…、病院や買い物はどうするの?」
「車があるから困らないよ。それに、母さんの家にも近い」
孝夫さんの母・久子さん(仮名・88歳)は一人暮らしです。最近は足腰が弱り、通院や買い物を近所の人に頼むことが増えていました。
孝夫さんは続けました。
「近くに住めば安心だろう。食事くらい、お前が持っていってやればいい」
明美さんは助手席で黙り込むしかありませんでした。
移住計画を知らされていなかったこと以上に、自分が義母の食事や身の回りの世話を担うことまで、すでに決まっているように話されたことが理解できなかったのです。
「私の意見を聞こうとは思わなかったの?」
「嫌なのか? 今まで家のことをやってきたんだから、場所が変わっても同じだろう」
その言葉で、明美さんが感じていた違和感ははっきりしました。移住先も、義母との関わり方も、明美さんの考えを聞く前に話が進んでいました。そのことが、明美さんには何よりも引っかかったのです。
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