(※写真はイメージです/PIXTA)

定年を機に住み慣れた土地を離れ、自然に近い場所で暮らそうと考える人もいます。しかし、60代は高齢の親の生活に変化が表れやすい時期でもあります。住まいや資金の準備が整っていても、離れて暮らす親の状況によって、夫婦の老後計画を見直さざるを得ないことがあります。

契約を止めて初めて考えた「母と自分たちの老後」

誠司さん夫婦が移住先として選んでいた町から、和枝さんの家までは片道約4時間かかります。

 

「向こうで暮らし始めたあと、お母さんに何かあったら、すぐには戻れないよね」

 

美佐子さんに言われ、誠司さんも移住計画を予定どおり進めることは難しいと感じました。

 

一方で、和枝さんと同居すれば解決するとも限りません。美佐子さんにも高齢の母がおり、夫婦だけの老後を考えて選んだ住まいに、準備なく親を迎えることには不安がありました。

 

夫婦はまず、不動産会社に連絡し、マンションの契約を見送りました。売買契約前だったため違約金は発生しませんでしたが、移住先を探すために使った交通費や宿泊費は戻りません。

 

その後、地域包括支援センターへ相談しました。地域包括支援センターは、市町村が設置する高齢者の総合相談窓口で、介護予防や権利擁護、必要な支援への橋渡しなどを行っています。

 

和枝さんは医療機関を受診し、要介護認定も申請することになりました。結果が出るまでの間は、配食サービスや見守り機器を利用し、誠司さんが週に一度訪ねます。近所に住む和枝さんの妹にも、無理のない範囲で様子を見てもらうことになりました。

 

「母のために夢を諦めた、と言い切るのは違うと思います。あの状態を知らないまま遠くへ行けば、自分が後悔すると分かったんです」

 

誠司さんはそう話します。ただし、美佐子さんには別の思いもあります。

 

「私たちが元気に移住できる時間も限られています。何年後なら行けるのか、それとももう行けないのか。今はまだ分かりません」

 

総務省『家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、可処分所得が月22万1,544円である一方、消費支出は26万3,979円。平均では支出が可処分所得を上回っており、住み替え費用だけでなく、将来の医療や介護も含めて資金を考える必要があります。

 

夫婦は現在の自宅に住み続けながら、和枝さんの状態が落ち着いた段階で、改めて今後の住まいを検討するつもりです。移住先を近距離に変える案や、二拠点生活ではなく短期滞在を楽しむ案も考え始めました。

 

定年後の暮らしを考える際には、夫婦の希望や資金だけでなく、高齢の親との距離や、緊急時に誰が対応するのかも確認しておく必要があります。すべてを子どもだけで引き受けるのではなく、公的サービスや地域の支援も含めて備えておくことが、親と子、それぞれの老後を守ることにつながります。

 

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