(※写真はイメージです/PIXTA)

年齢を重ねると、「遠出できるのは今のうち」と考え、長年の夢を実行に移す人もいます。一方、旅行は単なる思い出づくりにとどまらず、その後の住まいや人間関係、老後資金の使い方を見直すきっかけにもなります。旅先で日常から離れたからこそ、自分にとって本当に必要な暮らしが見えてくることもあるのです。

帰宅して気づいた「守り続ける必要はないもの」

約3ヵ月後、恵美子さんは自宅へ戻りました。

 

玄関を開けても、当然ながら「おかえり」と迎える人はいません。旅行前には安心できる場所だった家が、以前より広く、静かに感じられました。

 

翌日からは荷物を片づけ、庭の落ち葉を掃き、たまっていた郵便物を確認しました。2階には夫の衣類や書籍が残り、独立した子どもたちの部屋も当時のままです。

 

「この家を守ることが、お父さんとの思い出を守ることだと思っていました。でも、帰ってきたら、家の管理をするために自分が縛られているように感じたんです」

 

船旅では、限られた荷物だけで生活できました。食事の時間になれば人が集まり、体調が悪ければ相談できる場所もあります。一方、自宅では階段の上り下りや庭の管理を、今後も一人で続けなければなりません。

 

恵美子さんは長女に、自宅を売却したいと伝えました。

 

「旅行で500万円も使ったばかりなのに、今度は引っ越すの?」

 

「旅行したから分かったの。私はこの家を残すことより、元気なうちに人と会える場所で暮らしたい」

 

長女は当初、夫との思い出が詰まった実家を手放すことに抵抗を感じました。しかし、自分たちが将来住む予定はなく、維持管理も母に任せきりです。家族で話し合った末、売却を受け入れました。

 

恵美子さんは自宅を売り、駅や病院に近い小さな分譲マンションへ移りました。夫の遺品は写真や手紙など一部だけを残し、家具の多くを処分。売却代金の一部は将来の介護や住み替えに備え、別口座で管理しています。

 

内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上の一人暮らしの人は増加を続けています。一人で暮らす場合、住居の広さや資産価値だけでなく、移動のしやすさや人とのつながりも重要になります。

 

引っ越し後、恵美子さんは船内で知り合った友人たちと月に一度会っています。次は全員で国内の短いクルーズに参加する予定です。

 

世界一周旅行を繰り返せるほどの余裕があるわけではありません。それでも、旅行や交流に使う費用を毎年の予算として確保し、「残ったお金だけで楽しむ」という考え方をやめました。

 

「最後の海外旅行にするつもりでした。でも、本当に終わらせたかったのは旅行ではなく、夫がいない家で、何も変えずに暮らし続ける生活だったのかもしれません」

 

豪華客船から降りた恵美子さんが手放したのは、自宅だけではありません。過去の暮らしを守ることが、夫への供養になるという思い込みも、ようやく手放せたのです。

 

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