「売らないでくれないか」息子が止めた自宅の査定
「この庭も、俺一人には広すぎるな」
達郎さん(仮名・69歳)は、伸びた枝を見上げながらため息をつきました。
妻を3年前に亡くしてから、築34年の戸建てで一人暮らしをしています。受け取っている年金は月約15万円。住宅ローンは完済していますが、固定資産税や火災保険料に加え、庭木の手入れや設備の修理にもお金がかかります。
2階には、長男の翔一さん(仮名・39歳)が使っていた部屋が当時のまま残されていました。
翔一さんは妻と2人の子どもとともに、電車で1時間ほど離れた分譲マンションで暮らしています。帰省するのは正月とお盆を含めて年に数回ほどです。
達郎さんが自宅の売却を考え始めたのは、浴室で転倒したことがきっかけでした。
大きなけがには至りませんでしたが、夜中に一人で階段を上り下りすることにも不安を感じるようになりました。さらに、屋根と外壁の修繕に200万円以上かかる可能性があると業者から説明されました。
「一人で住むために、これから何百万円もかけるのか」
迷った末、不動産会社に査定を依頼しました。売却できれば、駅や病院に近い小さな中古マンションへ移るつもりでした。
その話を翔一さんに伝えると、予想外の返事が返ってきました。
「できれば、家は残しておいてほしい」
翔一さんは、子どもたちが成長したあとに住む可能性があると話しました。マンションでは手狭になった場合、実家へ移ることも考えていたといいます。
「子どもたちにとっても、おばあちゃんとの思い出が残っている家だから」
達郎さんにも、その気持ちは理解できました。
家を建てたとき、翔一さんはまだ5歳でした。庭で自転車の練習をし、夏には家族で小さなビニールプールを広げました。妻が大切に育てていた花も残っています。
それでも達郎さんは、すぐに「わかった」とは言えませんでした。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』によると、全国の空き家は900万戸、空き家率は13.8%で、いずれも過去最高となりました。このうち、賃貸用や売却用、別荘などを除く空き家は385万6,000戸に上ります。将来使う可能性があるという理由で家を残しても、実際に住む人が決まらないまま時間が過ぎることがあります。
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