「もう親だとは思えない」娘と交わした最後の会話
その日の午後、夫婦は真理さんにこう伝えました。
「しばらく助けることはできる。でも、ここで半年一緒に暮らすとは今すぐ約束できない。市にも確認しないといけないし、別の方法も一緒に探そう」
真理さんは納得しませんでした。
「お父さんたちは、自分たちの生活のほうが大事なんだね」
和美さんも思わず言い返しました。
「私たちだって、これから何年ここで暮らすかわからないの。何でもしてあげられるわけじゃないのよ」
真理さんは、その日のうちに友人宅へ移りました。それから数日後、和美さんのスマートフォンにメッセージが届きました。
「困っている娘より、自分たちの生活のほうが大事なんだね。もう親だとは思えない」
和美さんは何度も返信を書きました。
「そんなつもりじゃない」
「心配している」
「必要ならお金のことは相談して」
しかし、送信する前に消しました。何を書いても言い訳に思えたからです。
その後、真理さんは勤務先に近い賃貸住宅を借りたことだけ、別の親族を通じて知りました。夫婦は初期費用の一部を援助したいと申し出ましたが、真理さんは受け取りませんでした。
連絡が途絶れてから、すでに2年が経ちます。和美さんは今でも、あの夜のことを考えます。
「一緒に住めないと伝えたことが間違いだったとは思っていません。でも、娘が一番不安なときに、最初に規則や部屋の話をしてしまった。まず『大変だったね』と言えばよかったのかなとは思います」
一方で、娘を受け入れるために、自分たちの住まいや生活を無条件に差し出すことができたのかと問われれば、今も答えは変わらないといいます。
公営住宅は、低額所得者など住宅に困窮する人に供給される住宅であり、誰でも自由に同居人を増やせる仕組みではありません。新たな同居には承認が必要で、具体的な基準は自治体によって定められています。
親子であっても、それぞれに守らなければならない生活があります。
ただ、正しい制度の説明をしたからといって、傷ついた相手が納得してくれるわけでもありません。
「あのとき、どう言えばよかったんだろう」
夕食後、和美さんはときどき夫にそう尋ねます。
正解はいまだにわかりません。小さな市営団地の一室で夫婦が思い返すのは、娘を泊めたあの一夜と、その数日後に届いた短いメッセージです。
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