「何も困ってないよ」母の言葉を信じていたが…
玄関の扉を開けた瞬間、隆志さん(仮名・55歳)は「何かがおかしい」と感じました。母・和枝さん(仮名・82歳)の家を訪れるのは約1年ぶりです。
「母さん、来たよ」
声をかけると、奥から和枝さんが出てきました。顔色も悪くなく、足取りもしっかりしています。それでも、以前の実家とは明らかに違っていました。
玄関には古新聞の束が積まれ、廊下の端には段ボールがいくつも置かれています。リビングのテーブルには郵便物が重なり、庭を見ると雑草が伸びていました。
「片づけてないだけよ。最近暑かったでしょう」
和枝さんは笑いました。
夫を8年前に亡くして以降、一人暮らしを続けています。年金は月約14万円。住宅ローンを完済した戸建てに住み、貯蓄もあるため、隆志さんは金銭面について強く心配したことはありませんでした。
隆志さんは仕事の都合で離れた地域に暮らしており、月に2~3回は電話をしていました。
「ご飯食べてる?」
「食べてるよ」
「買い物は大丈夫?」
「近所のスーパーに行ってる」
「何か困ったことない?」
「何にもないよ」
いつも同じやり取りでした。
ところが冷蔵庫を開けると、隆志さんはさらに違和感を覚えました。中にあったのは、豆腐と漬物、牛乳、何日か前に買った総菜程度。野菜や肉はほとんどありません。
「母さん、本当にちゃんと食べてる?」
「食べてるって。昼はパンだったし」
詳しく聞くと、以前は徒歩10分ほどのスーパーまで週に何度も出かけていたものの、最近は重い荷物を持って帰るのがつらく、買い物は週1回ほどになっていました。
料理をする回数も減っています。
「一人分なんて作るの面倒なのよ。おなかがいっぱいになればいいでしょう」
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、2025年には、65歳以上の男性の18.3%、女性の25.4%が一人暮らしになると推計されています。高齢者の一人暮らしが増えるなか、離れて暮らす家族には、電話だけでは気づきにくい生活の変化もあります。
隆志さんが心配になったのは、母が何も相談してこなかったことでした。しかし和枝さんには、言わなかった理由がありました。
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