便利さを求めて売った“30年暮らした家”
「この家、あと10年二人で維持できるかな」
和夫さん(仮名・72歳)がそう口にしたのは、庭木の剪定を業者へ頼んだ日のことでした。
妻の典子さん(仮名・72歳)と暮らしていたのは、30年以上前に購入した4LDKの戸建てです。子ども2人はすでに独立し、住宅ローンも完済していました。
夫婦の年金は合わせて月約26万円。住み替えを考え始めた時点の貯蓄は約3,800万円ありました。
現役時代には気にならなかった家も、70歳を過ぎると負担が増えていました。
駅までは徒歩25分。買い物には車を使い、2階の掃除や庭の手入れも次第に億劫になりました。外壁の補修時期も近づいていました。
「元気なうちに、小さい家へ移ったほうがいいんじゃない?」
典子さんの提案で夫婦が選んだのは、同じ市内の駅から徒歩5分ほどの中古マンションでした。
スーパーやクリニックが近く、室内には大きな段差もありません。2LDKなら、使っていない部屋を抱える必要もありませんでした。
戸建ては約4,800万円で売却。購入時より値上がりしており、売却に伴う費用などを差し引いても、住み替え資金には十分でした。
新居の購入価格は約5,200万円。諸費用や内装の手直し、家具の買い替えなどを含め、貯蓄から約900万円を追加で支出しました。
引っ越した直後、夫婦は「決断してよかった」と思っていました。
スーパーまでは歩いて数分。雨の日でも買い物が苦になりません。車も手放し、駐車場代やガソリン代もなくなりました。
ところが半年ほどすると、典子さんがこんなことを口にするようになります。
「前の家だったら、今ごろ庭のアジサイが咲いてるね」
和夫さんは、最初は単なる懐かしさだと思っていました。
内閣府『令和6年版高齢社会白書』によると、60歳以上で住み替えの意向がある人は約3割に上ります。住み替えを考える理由では、健康・体力面への不安や現在の住宅の住みづらさ、交通や買い物の不便などが上位となっています。住み替え先に期待することでも、「買い物が便利なこと」「医療・福祉施設が充実していること」「交通の便が良いこと」が上位です。
和夫さん夫婦も、まさに老後の利便性を求めて家を売りました。しかし、暮らしやすさは「駅までの距離」だけでは決まりませんでした。
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