「退職したからって…」初めて伝えた本音
その日は結局、旅行の出発を数時間遅らせました。文子さんを家へ上げ、正志さんと恵子さんは話を聞きました。
「一人が怖いなら、これからのことをちゃんと考えよう。でも、今日から何日も泊まるのは無理だよ」
正志さんがそう言うと、文子さんは不満そうな顔をしました。
「親が困ってるのに旅行を優先するの?」
その言葉に、これまで黙っていた正志さんも初めて本音を口にしました。
「母さん、俺は退職したけど、母さんのために退職したわけじゃない。俺にもこれからの生活があるんだよ」
文子さんは黙り込みました。正志さん自身、母を突き放したいわけではありません。
しかし、退職後は夫婦で旅行をしたり、趣味を極めたりするつもりでした。それが、いつの間にか「仕事がなくなったのだから、母親の用事にはいつでも対応できる」と思われていたことに気づいたのです。
話し合った結果、その日は離れて暮らす正志さんの姉にも連絡し、旅行中は毎日文子さんへ電話することになりました。文子さん自身も納得し、自宅へ戻りました。
旅行後、きょうだいで母の今後について話し合いました。
何でも正志さん一人が引き受けるのではなく、買い物は宅配も利用する。通院の付き添いが必要な場合はきょうだいで分担する。不安が続くようなら、地域包括支援センターにも相談することにしました。
地域包括支援センターは、市町村が設置する高齢者の総合相談窓口で、介護だけでなく生活上のさまざまな相談を受けています。
その後、正志さんは母の家へ行く回数を少し減らしました。電話はしますが、急ぎでない頼み事には「今日は無理だから別の日に」と答えるようにしています。
「母を心配する気持ちはあります。でも、退職した瞬間に自分の時間が全部母のための時間になるとは思っていません」
文子さんも少しずつ、息子が来ることを前提にせず生活するようになったといいます。
子どもの退職は、高齢の親にとって安心材料になるかもしれません。しかし、「時間ができた」からといって「いつでも頼れる」わけではありません。
親を支えながら、子ども自身も老後を生きていきます。双方が無理を重ねる前に、家族ができること、外部のサービスに任せること、その境界を話しておく必要があるのでしょう。
【関連記事】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】

