将来への不安から、「最悪のシナリオ」を想定してしまう
こうした心理的な性質があるからこそ、私たちは「やらないことで損をするかもしれない」という感覚に敏感になったり、まだ何も失っていないのに、「機会を逃すこと」が損失のように感じられたりします。他人の成功を見たときに生まれる焦りは、実際の損失ではなく、“感じた損失”なのです。
不安通貨は、この心理の上に発行されます。現実の数字ではなく、頭の中で拡大された損失感覚が、私たちを動かしています。だからこそ、不安は増えやすく、安心は手に入りにくいのです。
さらに注目すべきは、この理論が「比較」にも当てはまるという点。行動経済学では、人は他者と比べたときの不利を、実際の損失のように感じるということが示されています。つまり、他人より劣っていると感じること自体が、脳の中では心理的な「損失」として処理されるのです。
前項で見た「比較コスト」の正体がここにあります。比較が不安を生むのは、気の持ちようの問題ではなく、脳の構造がそうさせているのです。
研究報告によると、将来の予測がつかない状態では、脳は常に最悪のシナリオを想定し続けるとされています。つまり、不安の本質は、不確実性への反応。人は「悪い出来事そのもの」よりも何が起きるかわからない不確実な状態に強く反応するともいわれています(※)。
なぜこの不確実性がつらいかというと、不確実な状態では、予測できない、コントロールできない、準備できないからです。人は確実に悪い結果よりも、「どうなるかわからない状態」のほうがストレスを感じることもあるという報告もあります。
不確実性の時代、選びがちな「みんながやっているのと同じこと」
現代社会はまさに、こうした不確実性に満ちた環境です。物価の変動、制度の改変、雇用の流動化、年金の見通し――将来どうなるかが見えにくい状況では、脳の警報システムは常にオンの状態になります。
さらに、比較できる他人の情報が常に目に入る環境や、失敗すると取り返しがつかないという空気が強い社会では、社会的比較がうつや不安の症状と有意に関連していることが、メタ分析によって示されています。
こうした条件が重なると、脳はネガティブな情報に過敏に反応し続けるのです。この状態で脳が「このままでは危険かもしれない」と警報を鳴らすと、私たちは何か行動しなければという衝動に駆られます。
そこで選ばれやすいのが、「正しいと言われていることをやる」「みんながやっていることをやる」という方向の行動です。不安な状態にあるとき、人は自分で考えるよりも外部の正解を求める傾向が強まることが研究で示されています。
「私、このままで大丈夫?」「何もしてないの、まずい?」「みんな動いてるのに、遅れてない?」その瞬間、脳の警報はさらに大きく鳴る。“このままでは危険かもしれない”と。
すると次に起きるのは、検索する、ランキングを見る。「初心者でも安心」「今すぐ始めないと損」。そして気づけば、“自分がどうしたいか”ではなく“正しいとされていること”を探している。本当は、不安を消したかっただけなのに。
選んでいるようで、不安に選ばれている。ここに、不安通貨は流通します。お金を増やしたいのか、安心したいのか、その区別がつかなくなる瞬間ということです。
