「何のために貯めたの?」夫婦がようやく始めたこと
転機になったのは、正夫さんが昔の同僚と久しぶりに会ったときでした。同年代の男性が、妻と毎年旅行をしていると聞いたのです。
「そんなに使って老後は大丈夫なのか?」
正夫さんが尋ねると、相手は笑って答えました。
「もちろん全部使うつもりはないよ。でも、70代の1年と90代の1年は同じじゃないだろ」
帰宅後、その会話を明美さんに話しました。すると明美さんは、「私もずっと同じことを思っていた」と言いました。
「あと何年我慢するの? 何のために貯め続けたんだろうって思うことがある」
夫婦は初めて、貯蓄を「減らさないもの」ではなく、「これから使うために貯めたもの」として考え直しました。
とはいえ、急に高額な買い物を始めたわけではありません。年間100万円を「楽しむために使っていいお金」と決め、まず2泊3日の温泉旅行を予約しました。明美さんは以前から習いたかった陶芸教室へ通い始め、正夫さんも地域の写真講座へ参加しました。
月に一度は、値段だけで店を選ばず外食する日も決めました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上で何らかの社会活動に参加した人のうち、生きがいを「十分感じている」「多少感じている」と答えた割合は84.6%で、活動に参加していない人を23.0ポイント上回っています。高齢期の充実には、資産だけでなく、人とのつながりや活動を持つことも関係しています。
半年後、夫婦の貯蓄は当然ながら以前より少し減りました。それでも正夫さんは、以前ほど通帳の残高を気にしなくなったといいます。
「お金は少し減りました。でも、減っているのはお金だけじゃないんですよね。使わなくても時間は減っていく。それに気づくのが遅かったんです」
老後資金は、長生きへの備えや医療・介護、住宅修繕などのためにも必要です。一方で、残高を減らさないことだけを優先すれば、元気に動ける時間まで先送りしてしまう可能性があります。
老後の資産設計では、「守るお金」と「今の生活に使うお金」を分けて考えることも必要なのでしょう。
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