(※写真はイメージです/PIXTA)

高齢期にまとまったお金を使うとき、「老後資金を減らしてよいのか」と迷う人は少なくありません。旅行は形として残らない一方、健康や体力がなければ実現できない経験でもあります。ただし、長年の夢をかなえたからこそ、取り戻せない時間や大切な人の不在に気づくこともあります。

帰国した夜、空の椅子を見て流した涙

出航前、美智子さんは不安で何度も予約を取り消そうと思いました。

 

しかし、船内では同年代の一人参加者と知り合い、食事や観光を一緒に楽しめるようになりました。寄港地で歴史的な街並みを歩き、海から昇る朝日を眺める日々は、想像以上に充実していました。

 

「夫が見たがっていた景色を、代わりに見ているような気持ちでした」

 

船旅の途中、良一さんの写真を持ってデッキへ出ることもありました。

 

約3ヵ月後、美智子さんは無事に帰国しました。子どもたちは港まで迎えに来てくれましたが、それぞれの仕事や家庭があるため、その日のうちに帰っていきました。

 

一人になった夜、美智子さんは旅の写真をテレビに映しました。食卓の向かい側には、良一さんがいつも座っていた椅子があります。

 

「あなたと一緒に見たかった」

 

そう口にした瞬間、船旅の間はこらえていた涙があふれました。

 

旅行は、人生で最も思い出深い時間になりました。それでも、感動を最も伝えたかった相手はもういませんでした。

 

「あの船旅を選んで本当によかった。でも、夫と行けなかったことだけは、いくら支払っても取り戻せません」

 

内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、直近1年間に何らかの社会活動へ参加した65歳以上の人のうち、生きがいを「十分感じている」または「多少感じている」と答えた割合は84.6%でした。何の活動にも参加していない人より23.0ポイント高く、高齢期には資産を保有するだけでなく、外出や交流、体験へつなげることも生活の充実に関係すると考えられます。

 

帰国後、美智子さんは船内で知り合った友人と連絡を取り合っています。次は国内の短いクルーズへ一緒に参加する予定です。

 

自宅の修繕費や介護費などを確保したうえで、元気なうちに使うための予算を決めたといいます。

 

老後資金は長い生活を支える大切な備えです。一方で、健康な時間にも期限があります。「いつか」と先延ばしにする前に、誰と何を経験したいのかを考えることも、後悔を減らすための老後設計といえるでしょう。

 

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