「この家を売って、施設に入ってくれないか」
同居から3年目、隆之さんが夫婦で話があると言いました。
「この家、売れないかな」
良子さんは意味がわからず、聞き返しました。
隆之さんは、勤務先までの通勤が負担になっていること、古い家の維持費も今後増えることを説明しました。そのうえで、こう続けたのです。
「この家を売って、施設に入ってくれないか。俺たちは職場に近いマンションへ移りたい」
良子さんは、しばらく返事ができませんでした。
「私を一人にしないと言ったでしょう」
「施設なら職員がいるから、一人じゃないよ。ここにいるより安心だろう」
さらに隆之さんは、家の売却代金の一部を新居の頭金として貸してほしいと話しました。将来、自分が相続する財産なのだから問題ないという考えでした。
「私のために一緒に住んでくれたと思っていたのに、最後は私が出ていくのね」
良子さんの言葉に、隆之さんは「そういう言い方をするな」と顔を背けました。
家が良子さんの単独名義である限り、息子が本人の同意なく売却することはできません。また、将来相続する可能性があっても、親が存命中の財産を子どもが自由に使えるわけではありません。
良子さんは近所に住む友人に相談し、地域包括支援センターを紹介してもらいました。職員には、家を売る書類や金銭に関する書面へ、納得しないまま署名しないよう助言されました。
厚生労働省『令和6年度 高齢者虐待防止法に基づく対応状況等に関する調査』は、市町村が養護者による高齢者虐待の相談・通報に対応していることを示しています。高齢者の財産を不当に処分したり、不当に財産上の利益を得たりする行為は、経済的虐待に該当する場合があります。ただし、家族間の提案や金銭の貸し借りがすべて虐待になるわけではなく、本人の意思や経緯を踏まえた個別の判断が必要です。
話し合いの結果、良子さんは家を売らないと明確に伝えました。息子夫婦は半年後に近隣の賃貸住宅へ移り、良子さんは配食サービスや定期的な見守りを利用しながら、自宅で暮らし続けています。隆之さんも週に一度は訪ねる約束をしました。
「同居すれば安心だと思っていました。でも、お金や介護のことまで最初に話すべきだったんですね」
家族の善意で始まる同居でも、事情や気持ちは年月とともに変わります。親の家を誰が管理し、生活費をどう負担し、同居を続けられなくなったときにどうするのか。元気なうちに決めておくことが、親の暮らしと家族関係の双方を守る備えになります。
【関連記事】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■親が「総額3,000万円」を子・孫の口座にこっそり貯金…家族も知らないのに「税務署」には“バレる”ワケ【税理士が解説】

