「老後のため」が口癖だった夫婦に残った3,700万円
正男さん(仮名・71歳)と恵子さん(仮名・71歳)は、結婚して45年になります。
現在の年金収入は夫婦合わせて月25万円ほど。住宅ローンを完済した戸建てで暮らし、預貯金や個人向け国債などの金融資産は約3,700万円あります。
数字だけを見れば、比較的余裕のある老後です。しかし恵子さんは通帳を見るたび、安心よりも後悔を感じるようになりました。
「私たち、何のためにこんなに残したんでしょうね」
正男さんは会社員、恵子さんは子育てが落ち着いてからパートで働きました。夫婦ともに浪費を嫌い、給与が増えても生活水準を上げませんでした。
外食は月に一度。衣服は値下げされてから買い、冷暖房もできるだけ我慢しました。旅行へ行くとしても、日帰りか近場の一泊です。
恵子さんが40代のころ、友人からヨーロッパ旅行に誘われたことがありました。
「子どもも大きくなったし、今しか行けないかもしれないよ」
恵子さんも行きたいと思いましたが、旅行代金は約35万円。正男さんに相談すると、こう返されました。
「老後にいくらかかるかわからない。旅行なら退職してから行けばいい」
恵子さんは誘いを断りました。
正男さんも、趣味だった写真を本格的に始めたいと思いながら、高価なカメラの購入を見送りました。子どもが独立した後も、外食や旅行を増やすことはありませんでした。
「定年になれば時間ができる。そのときに好きなことをすればいい」
夫婦はそう話していました。
ところが、正男さんが65歳で退職した直後、恵子さんの母親に介護が必要となりました。恵子さんは実家へ通うようになり、夫婦旅行は先延ばしになります。
母親を見送ったころには、今度は正男さんが膝を痛めました。長時間歩くことが難しくなり、階段の多い観光地や長距離の飛行機移動を避けるようになります。さらに、かつて見送った旅行先をあらためて調べると、航空券や宿泊費は以前より大幅に上がっていました。
体への負担を減らすため、移動の少ないツアーや座席の広い便を選べば、費用はさらにかさみます。夫婦には十分な貯蓄がありましたが、「安く行けた時期」も「無理なく動けた時期」も、すでに過ぎていたのです。
70歳の記念に旅行会社のパンフレットを広げた恵子さんが、「北海道を一周してみない?」と尋ねると、正男さんは首を横に振りました。
「移動が多いのは無理だよ。近くの温泉でいい」
総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月平均の実収入は25万4,395円、可処分所得は22万1,544円、消費支出は26万3,979円。平均では可処分所得を消費支出が上回っており、貯蓄を備える必要性は確かにあります。もっとも、必要以上に支出を抑え続けることが、すべての世帯にとって最適とは限りません。
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