定年の日に知った「妻の嘘」
40年以上勤め上げた最後の日。同僚から渡された花束を抱えて帰宅すると、食卓には好物が並び、小さなホールケーキまで用意されていました。
「本当にお疲れさまでした」
そう言って笑う妻の姿に、俊夫さんは思わず目頭が熱くなります。食後、コーヒーを飲みながらくつろいでいると、直子さんが切り出しました。
「ねえ、あなた。退職祝いにヨーロッパへ行きましょう。2週間くらい、ゆっくり」
俊夫さんは思わず吹き出しました。こんなに切り詰めなければやっていけないほどなのに、どこにそんなお金があるのか……。
すると妻は立ち上がり、棚から通帳を数冊取り出します。さらにノートパソコンを開き、ネット証券の画面を見せました。
預貯金と投資信託を合わせた資産は「約4,200万円」。俊夫さんは目を疑いました。
「住宅ローンを返しても、3,500万円以上残るわ」
「ちょ、ちょっと待て……どういうことだ?」
「教育費が終わってから、とにかく貯めたのよ。それと投資信託の積立もね。相場がよかったから、すごく増えたのよ」
俊夫さんは何も知りませんでした。給与は口座に振り込まれ、生活費やローンの返済、貯蓄も投資も、すべて妻が管理していました。
「お前、『金ない、金ない』ってあれ、全部嘘だったのか?」
「そうよ。だって、あると思ったら使っちゃうでしょ? だから、さっき言ったのよ。“お疲れさまでした”ってね。仕事と節約を頑張ってくれて、本当にありがとう」
その言葉に、俊夫さんはしばし呆然。そして、込み上げる安堵。住宅ローンの心配をしなくていい。一度くらいは贅沢な海外旅行に行ってもいい。老後もどうやら安泰だ。妻の見事な嘘に“拍手喝采”の気分でした。
