勤勉に働き、節約して預金を増やし…合理的な行動のはずが、みんながやり始めるともれなく不幸になる「合成の誤謬」とは?【経済評論家が解説】

勤勉に働き、節約して預金を増やし…合理的な行動のはずが、みんながやり始めるともれなく不幸になる「合成の誤謬」とは?【経済評論家が解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

株価が暴落するという噂を聞き、手持ちの株を売却する。不況で給料も上がらないので、できる限り節約する…。行動自体はきわめて合理的なのに、皆が一斉に同じことをやり始めると全員が不幸になる、そんな興味深い現象があります。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

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皆が合理的に行動すると、皆が損をする!?

もしも劇場で火災が起きた場合、観客個人として合理的な行動は「非常口に向かって走る」ことです。しかし、全員が同じ行動をすると、非常口に大勢が殺到して悲惨な事態に陥ります。このように、皆が合理的に行動すると皆が酷い目に遭うということを「合成の誤謬」と呼びます。「赤信号、皆で渡れば怖くない」という昭和のギャグがありましたが、その反対で「皆で渡ると余計危ない」というわけですね。

 

経済の面でも、そうした事例は少なくありません。株が暴落するという噂が流れたとき、投資家にとって合理的なのは売り注文を出すことですが、すべての投資家が売り注文を出すと買い注文がないので取引が成立せず、値段だけ下がって全員が損をする、ということになりかねません。

 

銀行倒産の噂が流れたとき、預金者にとって合理的なのは銀行預金を引き出すことですが、全員が預金を引き出そうとすると銀行の金庫が空になって本当に銀行が倒産してしまうかもしれません。もっとも、今の日本では日銀の現金輸送車が札束を届けてくれるでしょうから、最悪の事態は避けられるのでしょうが。

皆が豊かになろうとすると皆が貧しくなる

人々が豊かになろうと思ったとき、合理的なのは勤勉に働いて大いに稼ぎ、節約して金を貯めることです。しかし、全員が合理的に行動すると困ったことが起きかねません。皆が勤勉に働くと、多くの物(財およびサービス、以下同様)が作られます。皆が節約すると、物を買う人が減り、物が売れ残ります。

 

物が売れ残ると、企業は生産量を減らすので、従業員を解雇します。解雇された元従業員は失業者となり、所得を失うので、買い物を減らします。すると一層物が売れ残ります。失業の増加と売れ残りの増加が止まらなくなるのです。

 

そうなると、企業は従業員に賃金引き下げを要求するでしょう。「応じないなら解雇する。君の代わりに失業者を雇う」と言われたら、賃金引き下げに応じざるを得ない場合も多いでしょう。

 

じつは、バブル崩壊後の長期低迷期に日本で起きていたのは、こういうことだったのではないか、と筆者は考えています。イタリアに旅行したとき、「こんなにノンビリ暮らしている人たちより、勤勉な日本人が貧しい暮らしをしているのは悲しいことだ」と思ったものですが、日本人が貧しいのは勤勉に働きすぎるからなのかもしれませんね。

 

その後、日本は少子高齢化によって労働力希少(労働力不足と呼ぶ人が多い)の時代となりました。それによって、労働者が余らなくなり、ようやくバブル崩壊後の長期低迷期を脱することができた、ということなのでしょう。

バブル崩壊後の不良債権処理もそうだったかも

バブルが崩壊した後、銀行は巨額の不良債権を抱えました。「借金が返せない」という連絡が殺到したのです。そのまま処理すると決算が大幅赤字になってしまうので、多くの銀行が「聞かなかったことにする」という粉飾決算をしていたのです。

 

それに対しては、「粉飾決算は悪いことだから、止めるべきだ」「借金を返せないような会社は倒産させたほうが日本経済のためだ」といった「正論」が多く聞かれましたが、大蔵省検査(現在の金融庁検査)では、粉飾決算に対する指摘は限られたものでした。

 

優秀な大蔵官僚が銀行の粉飾を見抜けなかったはずはありません。銀行と官僚の癒着を指摘する人もいますが、当時の粉飾の規模から考えて、到底癒着で説明できるようなものではなかったと思います。

 

筆者としての理解は、大蔵省は合成の誤謬を恐れたのだろう、というものです。個々の銀行にとっては、赤字決算を恐れずに不良債権を処理すべきだったのかもしれません。不動産価格が長期にわたって下がり続けたことを考えると、早いうちに担保不動産を競売していたほうが回収額が多かったはずだからです。他の銀行が返済を求める前に急いで回収すれば、結構な金額が回収できた案件も多かったでしょう。そうであれば、大蔵省が積極的に粉飾決算を指摘して不動産の競売を促すべきだった、と考えることもできるでしょう。

 

しかし、大蔵省は、そうしませんでした。それは、「すべての銀行が担保不動産の競売を急げば、買い手がつかずに不動産価格が暴落し、担保を処分しても貸出金が回収できずに倒産する銀行が多発するだろう。そうなれば日本経済の破滅だ」と考えたからではないでしょうか。

 

仮に筆者が当時の大蔵省の権力者であったならば、合成の誤謬を懸念して銀行の粉飾決算を「見て見ぬふりをする」という選択をしたでしょう。実際の大蔵省幹部がそう考えていたのか否か、聞いたことはありませんし、聞いても答えてもらえないでしょうが(笑)。

 

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。

 

 

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塚崎 公義

経済評論家

 

 

 

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