(※写真はイメージです/PIXTA)

早期退職やセミリタイアは、誰にとっても理想的な選択とは限りません。まとまった資産があれば、会社中心の生活から離れ、自分の時間を取り戻せると考える人も少なくないでしょう。しかし退職後の生活費、物価上昇、社会とのつながりまで具体的に見込んでいなければ、理想の暮らしが思ったより早く揺らぐこともあります。

「もう会社に戻ることはない」…資産4,800万円で早期退職

隆司さん(仮名・56歳)は、52歳のときに長年勤めたIT関連企業を早期退職しました。管理職として働き、収入は安定していましたが、深夜まで続く会議や部下の管理、責任の重さに疲れ切っていました。

 

退職金と貯蓄、運用資産を合わせると金融資産は約4,800万円。住宅ローンは残っていましたが、妻のパート収入もあり、「無理に働き続けなくても何とかなる」と考えたのです。

 

退職直後の生活は、思い描いていたものに近いものでした。朝の満員電車に乗る必要はなく、平日の昼間に図書館や映画館へ行ける。資格の勉強をしたり、妻と近場へ旅行したりする時間もできました。隆司さんは「もう会社に戻ることはない」と周囲にも話していました。

 

ところが、2年目に入る頃から家計への不安が大きくなります。健康保険料、住民税、住宅ローン、固定資産税に加え、家電の買い替えや親の通院支援も重なりました。給与収入がないため、支出のたびに資産が減っていく感覚が強くなっていきます。

 

総務省『家計調査(2025年)』によると、二人以上の勤労者世帯の消費支出は月平均で約33万円です。退職後に生活を小さくするつもりでも、住居費や保険料、通信費などの固定費はすぐには下がりません。隆司さん夫婦も、退職前の生活水準を大きく変えられないまま、毎月の取り崩しが続いていました。

 

さらに大きかったのは、気持ちの変化でした。最初は自由に感じていた毎日も、次第に曜日の感覚が薄れ、人と話す機会も減っていきます。

 

面倒だと思っていた会議や相談ごとも、振り返れば社会との接点でした。働かなくてよくなったはずなのに、誰にも必要とされていないような感覚が残るようになったのです。

 

そんなとき、かつての上司から電話がありました。

 

「週3日でもいい。若手の育成を手伝ってくれないか」

 

隆司さんはすぐには答えられませんでした。

 

「まさか出戻るとは……」

 

電話を切ったあと、そうつぶやいた声には、恥ずかしさと安堵が入り混じっていました。

 

 

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