父の死後、古い押し入れから出てきた封筒
直人さん(仮名・47歳)は、72歳で亡くなった父・昭夫さん(仮名)の実家を片づけていました。母はすでに他界しており、父は晩年、古い戸建てで一人暮らしをしていました。
昭夫さんは元自営業者で、年金は多くありませんでした。派手な暮らしを好まず、服も家電も古いものを大切に使う人でした。直人さんが帰省するたびに「何か困ってない?」と聞いても、父はいつも「大丈夫だ。お前こそ無理するな」と笑うだけでした。
葬儀が終わり、四十九日を前に実家の整理を始めたときのことです。押し入れの奥にあった古い衣装ケースの底から、茶封筒がいくつも出てきました。中には現金が入っており、さらに仏壇の引き出しや本棚の奥からも、同じような封筒が見つかりました。
「こんなところに隠していたなんて……」
直人さんは思わず声を漏らしました。合計すると、現金は約180万円。大金というほどではないかもしれませんが、質素に暮らしていた父の生活ぶりを思えば、決して小さな金額ではありませんでした。
封筒の一つには、父の字で「直人へ」と書かれていました。中には現金と一枚のメモが入っていました。
「困ったときに使いなさい。たいした額ではないが、父さんにできる最後のことです」
直人さんは、その場に座り込んでしまいました。父は息子に残すために、少ない年金の中から少しずつ現金を分けていたのです。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円で、平均では毎月約3万円の不足が生じています。昭夫さんのように年金が限られる一人暮らしでは、日々の生活だけでも決して余裕はありません。
直人さんは、父が古いコートを着続けていたことや、エアコンをあまり使わなかったことを思い出しました。
「もっと言ってくれればよかったのに」
そうつぶやいても、もう父は答えてくれませんでした。
