「嫌いになったわけじゃない」…親子でいるために選んだ道
真紀さんはまず、母の生活をどう支えられるか、自治体の広報誌やインターネットで情報を調べました。そこで見守りサービスや配食サービス、自治体の高齢者向けサロン、緊急通報装置など、家族以外にも生活を支える仕組みがあることを知ります。
厚生労働省の介護保険制度では、要介護状態になる前から地域支援事業を通じて高齢者の介護予防や生活支援を行う仕組みが整えられています。自治体によって内容は異なりますが、家族だけで不安を抱え込まないための相談窓口は用意されています。
美紀さんは、母の通院予定や薬の管理、近所の連絡先を整理したうえで、実家から電車で30分ほどの場所に小さな部屋を借りることにしました。完全に離れるのではなく、週末には顔を出せる距離です。それでも、同居を解消すると告げる日は重い気持ちでした。
「お母さんを嫌いになったわけじゃない」
美紀さんは、母にそう切り出しました。
「でも、このままだと私、自分の人生が分からなくなってしまうの。お母さんのことは大切だけど、全部を一緒に抱え続けるのは苦しい」
洋子さんは最初、黙って聞いていました。寂しそうな表情を見た美紀さんは、やはり撤回しようかと迷いましたが、母はしばらくして「あなたに甘えすぎていたのかもしれないね」と小さく答えました。
引っ越し後、美紀さんは強い罪悪感を抱きました。夜、実家に明かりがついているか気になり、何度も電話をかけそうになることもありました。しかし数ヵ月が過ぎると、洋子さんは近所の体操教室に参加するようになり、配食サービスも週に数回利用し始めました。美紀さんも平日の夜を自分のために使えるようになり、久しぶりに友人と食事をする時間を持てるようになりました。
不思議なことに、母との会話は以前より穏やかになりました。同居していた頃は、疲れからつい強い口調になることもありましたが、距離ができたことで、お互いに相手の生活を尊重しやすくなったのです。
親子の関係は、近くにいるほど良いとは限りません。大切に思うからこそ、支え方を変える必要がある場合もあります。
親子としての関係を壊さないために、自分の生活と母の生活を切り分ける。その決断が、二人にとっての新しい関係のかたちにつながったのです。
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