(※写真はイメージです/PIXTA)

定年後に都市部を離れ、自然の多い場所でゆっくり暮らしたいと考える人は少なくありません。生活費を抑えられる、広い家に住める、人混みから離れられる。地方移住には多くの魅力があります。しかし、旅行で訪れるのと、毎日そこで暮らすのとでは見える景色が違います。交通、医療、買い物、人間関係など、年齢を重ねるほど小さな不便が大きな負担になることもあります。

「ここなら年金で暮らせる」…退職金で始めた地方生活

誠一さん(仮名・68歳)と妻の久美子さん(仮名・67歳)は、夫の退職を機に長年暮らした都市部の賃貸マンションを引き払い、地方の中古住宅へ移りました。

 

夫婦の年金は月19万円ほど。退職金は約1,500万円ありましたが、老後の医療費や介護費を考えると、できるだけ生活費を抑えたいという思いがありました。都市部では家賃や物価の高さが気になり、毎月の支出を抑えるにも限界があります。そんなとき、旅行で訪れた地方の町で、手頃な価格の中古住宅を見つけたのです。

 

「ここなら、年金だけでも何とか暮らせるんじゃないか」

 

誠一さんはそう考えました。家は築年数こそ古いものの、庭があり、窓からは山が見えます。近くの直売所では野菜が安く買え、車で少し走れば温泉もありました。久美子さんも最初は前向きでした。都会の慌ただしさから離れ、夫婦で畑を作り、季節を感じながら暮らす。そんな生活を想像していたのです。

 

娘の真理さん(仮名・39歳)は、少し心配していました。

 

「病院や買い物は大丈夫なの?」

 

そう尋ねると、誠一さんは笑って答えました。

 

「車があるから問題ないよ。まだ運転できるし、何とかなる」

 

その言葉に、真理さんも強く反対はできませんでした。両親が楽しそうに移住の準備を進めていたからです。

 

ところが、移住から半年後、真理さんが久しぶりに実家を訪ねると、想像していた暮らしとは少し違う光景が広がっていました。庭には雑草が伸び、玄関先には未開封の郵便物が重なっています。冷蔵庫には同じような総菜が並び、久美子さんは以前より痩せて見えました。

 

「お母さん、ちゃんと食べてる?」

 

真理さんが聞くと、久美子さんは少し笑って言いました。

 

「食べてるわよ。ただ、買い物に行くのが面倒でね」

 

最初は新鮮だった地方暮らしも、毎日になると負担が見えてきました。スーパーや病院へ行くには車が必要で、久美子さんは運転が苦手です。外出はほとんど誠一さん頼みになりましたが、誠一さんも慣れない土地での運転に疲れを感じるようになっていました。

 

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足が生じています。誠一さん夫婦の年金月19万円はこの平均的な可処分所得を下回っており、地方に移っても車の維持費、住宅修繕費、医療費などを考えると、余裕のある家計とはいえませんでした。

 

真理さんがさらに気になったのは、両親の会話が少なくなっていたことです。以前なら食卓で近所の話やテレビの話をしていた二人が、その日はほとんど言葉を交わしませんでした。

 

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