お金がないわけではない…でも止まらなかった「息子への無心」
当初、健太さんは父の交際そのものを否定するつもりはありませんでした。むしろ一人暮らしの義雄さんに話し相手ができたことを安心していたほどです。
しかし次第に違和感を覚えるようになります。「今月だけ20万円貸してくれ」という連絡がきたとき、さすがに不審に思った健太さんは、義雄さん本人に詳しく事情を聞くため、再び帰省することに。問い詰めたところ、旅行(国内クルーズや温泉旅館への旅行)、外食、相手女性の車の買い替え費用まで負担したといいます。さらに、「少し困っている」といえばその都度数十万円……。積み重ねれば、1年半で800万円を超えです。
健太さんは思い切って義雄さんにいいました。「その人に利用されているんじゃないのか。このままだと金もなくなるぞ」。
すると義雄さんの口から飛び出したのは、あのすき焼きの夜の笑顔からは想像もできない言葉でした。
「彼女を悪くいうな。俺の人生だ」
健太さんは耳を疑いました。
それにしても、不思議なのは義雄さんには3,000万円以上の預貯金があったことです。それでも息子に無心するのはなぜなのか。答えは「いまある関係を失いたくない」という不安にありました。自分の蓄えを使うことへの恐怖から、手元のお金はキープしたまま息子に頼るという心理が、知らず知らずのうちに働いてしまったようです。
こうした親子のすれ違いは、決して珍しいものではありません。高齢期には、配偶者との死別や社会的なつながりの減少によって、心理的な依存先を求める傾向が強まることがあります。コーネル大学ワイル医科大学院のカール・ピルマー教授も、親子の疎遠や断絶は思っている以上に多くの家庭で起きていると指摘しています。
息子が漏らした後悔
しかし、その後も援助依頼は止まりませんでした。数週間後には再び「今月だけ頼む」という連絡が届きます。
健太さんは次第に、電話に出ること自体が負担になっていったといいます。最後の送金依頼を断って以降、自分から連絡することをやめました。
「正直、もう疲れてしまったんです」
親を見捨てたかったわけではありません。むしろ健太さんは、関係を再構築しようとしていました。だからこそ苦しかったのです。援助を求められるたびに応じるべきか迷う。断れば罪悪感が残る。しかし応じ続ければ、自分自身の老後にも影響しかねない——。そんな葛藤を繰り返すうちに、心がすり減っていったといいます。
加えて60代は、退職金の運用や年金受給開始の判断など、子世代自身の老後設計を考える重要な時期です。感情だけで支援を続けると、親子双方の生活設計が崩れてしまうこともあります。
健太さんがのちに語ったのは、「もっと早く、お金の話をきちんとしておけばよかった」という後悔です。支援するかどうかではなく、どう支援するかを、関係がいいうちに話し合っておくこと。それが、結果として親子関係を守ることにもなったのかもしれません。
父との関係を再構築しようと、何度か帰省したあの日々が、まさか断絶への始まりになるとは思っていませんでした。健太さんの胸の中には、ひとつの思いだけが残っています。
――父さん、もう帰ることはありません。
親子だからこそ、お金の話は後回しにしがちです。でも、その「後回し」が積み重なったとき、失われるのはお金だけではないのかもしれません。
三原 由紀
合同会社エミタメ
代表
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