「いつか立ち直ってくれる」…息子を信じ続け10年
鈴木健太さん(仮名/40歳)は、都内の有名私立大学を卒業後、大手IT企業でシステムエンジニアとして働いていました。しばらくは順調な社会人生活を送っていたものの、過労と職場の人間関係によるストレスから30歳手前で心身のバランスを崩し、退職を余儀なくされます。
実家へ戻った健太さんは、当初フリーランスのエンジニアとして在宅で仕事をしていこうと、ホームページの作成や、業務委託の開発案件の受注を目指しました。
しかし、前の会社では営業経験もなく、人脈もほとんどありません。クラウドソーシングやマッチングサービスを利用しても単価の低い案件がときどき入る程度で、生活できるほどの収入にはなりませんでした。
そこで健太さんは、エンジニアの仕事だけで生計を立てることを諦め、地元の食品工場でパート勤務を始めました。週20時間ほどの勤務で、月収は10万円前後です。
そんな生活を送る一方で、健太さんには好きなアイドルグループがいました。ライブやイベントがあれば遠方まで足を運び、グッズも欠かさず購入します。少ない給料はこうした「推し活」費用に消えていき、生活費はずっと実家任せでした。
共働きだった両親は、すでに年金生活に入っています。母の和子さん(仮名/68歳)は何度も「少しは生活費を入れてほしい」と伝えましたが、健太さんは「いまは余裕がない」と答えるばかりで、生活費の負担には消極的でした。
和子さんは、「いつか立ち直ってくれる」と信じて見守り続けていましたが、その“いつか”は10年以上経っても訪れませんでした。


