父の84歳の誕生日に親孝行
「父と二人きりで食事をした記憶はほとんどありません」。そう振り返るのは、東京都内に住む健太さん(仮名/61歳)です。
大手精密機器メーカーで長年勤務し、60歳で定年退職。現在はグループ会社の取締役として働いており、年収は約1,200万円。妻(59歳)と暮らし、2人の子どもはすでに独立しています。退職金や長年の運用などもあり、金融資産は約8,500万円です。
一方、父の義雄さん(仮名/84歳)は地方都市で工務店を営んでいました。すでに廃業しており、現在は一人暮らし。国民年金を中心とした年金収入は月8万円弱ですが、現役時代の蓄えや共済金などもあり、預貯金は3,000万円以上保有していました。
健太さんと父の関係は、悪くはありませんでした。ただ、近くもありませんでした。大学進学で上京して以来、年に1〜2回の帰省が続くだけ。10年前に母親が亡くなっても、その距離感は変わらなかったといいます。
そんな健太さんの背中を押したのは妻でした。「お義父さん、一人になって寂しいと思うよ。いまはあなたしかいないんだから」。その言葉が刺さり、84歳の誕生日を迎える父のため、帰省することにしたのです。
予約したのは地元の老舗すき焼き店でした。一人2万円の黒毛和牛コース。少し奮発したものの、親孝行だと思えば惜しくありません。食事を終えた父は満足そうに笑いました。「久しぶりにこんなうまい肉を喰ったよ」。その表情を見て、健太さんも帰省してよかったと思ったといいます。
しかし、その帰り道でした。義雄さんがぽつりと切り出します。「実はな……少し相談があるんだ」。それは数万円の援助依頼でした。「自営業だったから、年金だけじゃ足りないのか」と、健太さんは深く考えず応じました。ところが、その後も数万円、十数万円という依頼が続くようになります。
父からの度重なる依頼に疑問を感じ、実家近くに住む叔母にさりげなく電話を入れると「最近、よく旅行に行っているみたいよ」。何気ない一言から話が広がり、健太さんは初めて74歳の女性の存在を知ったのでした。
スポーツクラブで知り合い、コロナ禍で交流が途絶えたあと、施設再開をきっかけに再会。互いに配偶者と死別していたこともあり、急速に親しくなっていったといいます。


