「母を一人にはできない」…同居から始まった生活の変化
健司さん(仮名・52歳)は、中小企業で働く会社員です。月収は約37万円。結婚歴はなく、一人暮らしをしながら仕事中心の生活を送ってきました。
父が亡くなったのは5年前のことです。母の昭子さん(仮名・75歳)は、年金月12万円ほどで一人暮らしを続けていましたが、足腰が弱くなり、買い物や通院に不安が出てきました。
「一人だと心配だから、しばらく一緒に住むか」
そう提案したのは、健司さんでした。
最初は、親孝行のつもりでした。母の家を引き払い、健司さんの住む賃貸マンションに迎え入れる。家賃や光熱費は健司さんが多めに負担し、昭子さんの年金からは食費の一部を出してもらう。そうすれば、お互いに安心して暮らせると思っていました。
しかし、同居から1年ほど経つと、生活は少しずつ変わっていきました。
朝は母の薬を確認してから出勤し、昼休みには「郵便物が来た」「電気代の紙が分からない」と電話が入ります。仕事帰りには買い物をして帰り、休日は通院の付き添いや役所の手続きで終わることが増えました。
昭子さんに悪気はありません。それでも、何かあるたびに健司さんを頼るようになりました。
「健司がいてくれるから安心ね」
母のその言葉は、最初はうれしいものでした。しかし、いつしか重く感じるようになります。
友人から飲みに誘われても、母の夕食を考えて断る。転職や資格取得を考えても、母を置いて環境を変えることに不安がある。気づけば、健司さんの生活は母を中心に回っていました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円で、平均では毎月約3.0万円の不足となっています。昭子さんの年金月12万円も、単身で暮らすには余裕があるとはいえず、医療費や日用品代が重なる月は健司さんが補うこともありました。
ある夜、健司さんが残業で遅く帰ると、昭子さんは不満そうに言いました。
「こんな時間まで帰ってこないと、心細いじゃない」
その瞬間、健司さんは言葉を飲み込みました。母を責めたいわけではありません。けれど、自分の人生が少しずつ消えていくような感覚がありました。
