「第二の人生は静かな場所で」…夫婦が選んだ地方移住
正彦さん(仮名・69歳)と妻の和子さん(仮名・67歳)は、定年後の暮らしを考え、長年住んだ自宅を売却して地方へ移住しました。夫婦の年金は合わせて月20万円ほど。まとまった貯蓄があるわけではありませんでしたが、都市部の住まいを売却して中古住宅を購入すれば、生活費を抑えながら静かに暮らせると考えていました。
きっかけは、数年前に夫婦で訪れた地方の町でした。山が近く、空気が澄んでいて、道の駅には新鮮な野菜が並んでいます。観光で滞在した数日間は、都会の忙しさから離れた理想の時間に思えました。
「老後はこういう場所で暮らせたらいいね」
和子さんがそう言うと、正彦さんも大きくうなずきました。
娘の美咲さん(仮名・42歳)は、両親の決断に不安を覚えていました。車がなければ生活しにくい場所であること、近くに大きな病院が少ないこと、親戚や友人が近くにいないことが気がかりだったからです。
「本当に大丈夫? 買い物とか病院とか、ちゃんと行けるの?」
そう尋ねても、正彦さんは笑って答えました。
「まだ69歳だぞ。車も運転できるし、何とかなるよ」
移住当初、夫婦の暮らしは順調に見えました。庭のある家で花を育て、近所の人から野菜をもらい、朝は鳥の声で目を覚ます。都市部のマンションでは味わえなかったゆったりとした時間に、和子さんも「思い切ってよかった」と話していました。
ところが、半年ほど経つころには、少しずつ負担が見え始めました。最寄りのスーパーまでは車で20分、総合病院へは40分以上かかります。和子さんは運転に自信がなく、通院も買い物も正彦さん頼みでした。ある日、正彦さんが軽いめまいを起こしたことで、和子さんは初めて「もし夫が運転できなくなったら」と考えるようになります。
国土交通省『令和5年度 高齢社会に関する意識調査(高齢期の住み替えについて)』では、高齢期の住み替え先に求める条件として、買い物や医療機関へのアクセスのよさが重視されています。移住前には魅力に見えた静かな環境も、年齢を重ねるほど不便さとして感じられることがあるのです。
