半年後、娘が目にした光景…「10年後も暮らし続けられるか」
移住から半年後、美咲さんは久しぶりに両親の家を訪ねました。玄関先に着いた瞬間、以前とは違う空気を感じました。庭には雑草が伸び、花壇は荒れ、軒下には片づけられないままの道具が置かれています。
家の中に入ると、リビングには未開封の段ボールが残り、台所には買い置きの食品が積まれていました。冷蔵庫には同じ野菜がいくつも入り、賞味期限の切れた総菜もあります。移住直後に送られてきた写真の明るい雰囲気とは、明らかに違っていました。
「お父さん、お母さん……どうしてこんなことに?」
美咲さんが思わず声を上げると、正彦さんは気まずそうに笑いました。
「思ったより、やることが多くてな」
広い庭は、最初こそ楽しみでした。しかし実際には、草刈り、落ち葉の掃除、害虫対策、雪や雨への備えなど、手入れは想像以上に大変でした。都市部のマンションでは管理会社が担っていた部分も、移住後は自分たちで対応しなければなりません。古い中古住宅だったため、給湯器や雨どいの修理、外壁の点検も必要になりました。
生活費が安くなると思っていた点も、必ずしも想定どおりではありませんでした。食費は多少抑えられても、車の維持費、ガソリン代、住宅の修繕費、庭の管理用品などがかかります。総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足となっています。正彦さん夫婦の年金月20万円では、突発的な修繕や車関連費が重なると、貯蓄を取り崩す場面も出てきました。
さらに和子さんは、地域付き合いにも疲れを感じていました。近所の人は親切でしたが、自治会の行事や草刈り、細かな付き合いがあり、慣れない土地で気を遣うことが増えていたのです。
「悪い人がいるわけじゃないの。でも、知らない土地でずっと気を張っている感じがして」
そう話す母の表情を見て、美咲さんは胸が痛くなりました。
美咲さんは両親と話し合い、すぐに移住をやめるのではなく、まずは生活を立て直す方法を考えることにしました。庭の手入れは業者や地域のシルバー人材センターに依頼できないか調べ、通院については自治体の移動支援やタクシー助成の有無を確認する。今後、運転が難しくなった場合には、駅や病院に近い住まいへの再転居も選択肢に入れることにしました。
「移住したことを全部後悔しているわけじゃないんだ」
正彦さんは、美咲さんにそう言いました。
「ただ、今の元気さがずっと続く前提で考えていたんだと思う」
地方移住は、老後の暮らしを豊かにする選択肢の一つです。自然の近くで過ごす時間や、広い住まい、地域とのつながりには魅力があります。ただし、老後の住まい選びでは、「今、暮らしたい場所」だけでなく、「10年後も暮らし続けられる場所か」を考える必要があります。
医療、買い物、交通、住まいの管理、家族との距離。移住前には小さく見える条件が、年齢を重ねるほど生活を左右します。憧れだけで決めるのではなく、元気なうちに試住し、支援制度や撤退の選択肢まで確認しておくことが、後悔を防ぐために大切なのかもしれません。
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