「お金は残った。でも時間は」…妻の入院後に気づいたこと
変化が訪れたのは、和子さんが体調を崩したころでした。
腰の痛みが強くなり、長く歩くことが難しくなったのです。以前は「行ってみたい」と話していた京都の寺社巡りも、北海道の花畑も、現実的には難しくなりました。
ある日、テレビで温泉旅館の特集を見ていた和子さんが、ぽつりと言いました。
「行けるうちに、行っておけばよかったね」
達郎さんは、返す言葉がありませんでした。
通帳には、まだ十分なお金が残っていました。けれど、二人で気軽に遠出できる体力は、以前ほど残っていませんでした。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、直近1年間に何らかの社会活動に参加した65歳以上の人のうち、生きがいを「十分感じている」または「多少感じている」と答えた人は84.6%で、いずれの活動にも参加しなかった人を23.0ポイント上回っています。
もちろん、社会活動や旅行にお金を使えば必ず幸せになるわけではありません。ただ、人と会う、外へ出る、興味のあることを試すといった経験は、老後の暮らしに張り合いを与えることがあります。
達郎さんは、ようやく自分たちのお金の使い方を見直しました。
介護費や医療費に備える資金は別に確保する。そのうえで、毎年いくらまでなら旅行や趣味に使ってよいかを決める。和子さんが通える近場の講座を探し、月に数回は外食をする。大きな旅行は難しくても、近場のホテルに一泊することから始めました。
老後資金は、長く続く暮らしを守るためのお金であり、同時に、残された時間をどう過ごすかを支えるお金でもあります。
医療や介護への備えは必要です。物価上昇への不安も無視できません。
それでも、健康で動ける時間には限りがあります。お金を守ることに意識が向きすぎると、使えば得られたはずの経験や会話まで失ってしまうことがあるのです。
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