時給1,300円で働きながら気づいたこと
森田さんがつらかったのは、時給の低さだけではありませんでした。
現役時代、森田さんは部下を持ち、会議で判断を求められる立場でした。取引先からも「森田課長」と呼ばれていました。
しかし、定年後の職場では新人です。
分からないことがあれば年下の社員に聞き、ミスをすれば注意されます。これまで積み上げてきた経験が、そのまま評価されるわけではありませんでした。
「頭では分かっていたんです。でも、気持ちが追いつきませんでした」
「働く場所があること」と「納得して働けること」は違うのだと感じたといいます。それでも、仕事を辞める選択はできませんでした。
毎月の収入は、手取りで十数万円ほど。現役時代とは比べものになりませんが、家計には必要な額です。何より、家にいるだけでは気持ちが沈んでしまうこともありました。
「悔しいけど、仕事に行くことで生活のリズムは保てています」
少しずつ、森田さんは考え方を変えていきました。若い社員に教わることを恥だと思わない。分からないことはメモを取る。昔の肩書きを持ち込まない。
ある日、端末入力を一人で終えたとき、同僚から「助かりました」と言われました。その一言で、森田さんは少し救われたといいます。
「大きな役職じゃなくても、人の役に立つ場面はあるんだと思いました」
定年後の仕事は、現役時代の延長とは限りません。収入も、立場も、周囲からの見られ方も変わります。そこで傷つくこともあります。
しかし、働き続けることは、お金のためだけではありません。生活のリズムを作り、自分の居場所を持ち直す意味もあります。
「まだ慣れないんですか?」
その一言にうつむいた森田さんは、いまも同じ職場で働いています。
定年後の再出発は、華やかなものではありません。それでも森田さんは、時給1,300円の職場で、肩書きのない自分として働く日々を少しずつ受け入れ始めていました。
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