冷えきった部屋、空の冷蔵庫…母が隠していた暮らし
実家の玄関を開けた瞬間、拓也さんは違和感を覚えました。家の中が、ひどく寒かったのです。
冬の夕方にもかかわらず、暖房はついていませんでした。節子さんは厚手の上着を着込み、膝に毛布をかけて居間に座っていました。
「寒くないの?」
拓也さんが聞くと、節子さんは慌てたように笑いました。
「慣れたら平気よ」
しかし、部屋の温度は明らかに低く、台所には洗い物もほとんどありません。冷蔵庫を開けると、卵と豆腐、少しの漬物だけが入っていました。
「ちゃんと食べてるの?」
節子さんは目をそらしました。
「年を取ると、そんなに食べなくてもいいのよ」
拓也さんは言葉を失いました。母は仕送りを断った分、食事や暖房、外出を削っていたのです。
通帳を確認すると、残高はわずかでした。医療費や固定資産税の支払いが重なった月には、ほとんど余裕がありませんでした。
「どうして言わなかったんだよ」
拓也さんがそう言うと、節子さんは小さく答えました。
「あんたに迷惑をかけたくなかったの」
高齢者の生活困窮は、外から見えにくいものです。持ち家に住んでいると「家賃がないから大丈夫」と思われがちですが、実際には光熱費や修繕費、医療費が生活を圧迫することがあります。
また、内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上の一人暮らしの人は増加しており、令和2年時点で男性15.0%、女性22.1%となっています。一人暮らしの高齢者が、家族に遠慮しながら生活の不安を抱えるケースは少なくありません。
拓也さんはその日、母と一緒に近くのスーパーへ行きました。母は値段を何度も見比べ、肉や魚を買うのをためらいました。
「高いから、今日はいいわ」
その一言に、拓也さんは胸が詰まったといいます。
帰省後、拓也さんは母と話し合い、仕送りを再開しました。ただし、現金を送るだけではなく、定期的に食材を届け、光熱費の一部を口座振替で負担するようにしました。地域包括支援センターにも相談し、見守りや配食サービスの利用も検討しています。
「母は“お金はいらない”と言っていました。でも、本当にいらなかったわけじゃなかったんです」
子どもに心配をかけたくない。迷惑をかけたくない。そんな思いから、生活を小さく、小さく削ってしまうことがあります。
「お金は、もう送らなくていいから」
その一言は、母の強がりであり、同時に助けを必要としているサインでもあったのです。
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