(※写真はイメージです/PIXTA)

定年後や高齢期に、「都市部を離れて静かな場所で暮らしたい」と考える人は少なくありません。家賃の安さや自然環境、ゆったりした暮らしへの憧れから、地方移住を選ぶ高齢者もいます。しかし実際には、住み慣れた地域を離れることで、生活費や人間関係、医療アクセスなど、思わぬ負担に直面するケースもあります。

「誰とも話さない日が増えた」…母が漏らした“移住後の本音”

綾子さんは驚きました。芳江さんは決して浪費家ではありません。むしろ節約家で、昔から「もったいない」が口癖の人でした。

 

それなのに、貯蓄は2年で大きく減っていました。理由を聞くと、芳江さんは小さく笑いました。

 

「寒いから、暖房を消せなかったの」

 

古い家は隙間風が多く、冬場は室温がなかなか上がりません。エアコンに加え、石油ストーブも毎日使っていました。

 

加えて、地方では近所のスーパーまで車で20分以上かかります。芳江さんは高齢になってから運転が不安になり、タクシーを使う日も増えていました。

 

「田舎はお金がかからないと思ってたんだけどねえ」

 

そう言って笑う母の姿に、綾子さんは胸が苦しくなったといいます。

 

しかし、問題はお金だけではありませんでした。芳江さんはぽつりとこう漏らしました。

 

「誰とも話さない日、増えたのよ」

 

近所付き合いはあるものの、都市部のように気軽に出かけられる環境ではありません。友人も遠く、気軽に会える人はいませんでした。

 

国土交通省『令和5年度 高齢社会に関する意識調査(高齢期の住み替えについて)』でも、高齢期の住まいでは、住宅費だけでなく、通院や買い物の利便性、人とのつながりなどを重視する人が多いことが示されています。

 

綾子さんは、そのとき初めて気づいたといいます。

 

「母は、“静かな暮らし”がしたかったんじゃなくて、“安心して暮らしたかった”んじゃないかって」

 

現在、芳江さんは地方での生活を続けながらも、都市部への住み替えを検討しています。ただ、年金月10万円では、以前と同じ条件で暮らすことは簡単ではありません。

 

「移住したこと自体を後悔してるわけじゃないの」

 

芳江さんはそう言います。

 

「でも、“安く暮らせる”と、“安心して暮らせる”は違ったのね」

 

老後の地方移住は、生活費を抑えられる可能性があります。一方で、住宅の断熱性能、交通手段、医療機関、人とのつながり――実際に暮らしてみなければ分からない現実もあります。

 

綾子さんが通帳を見て固まった日、そこに記されていたのは、単なる残高の減少だけではありませんでした。それは、母が一人で抱えていた「寒さ」と「孤独」の積み重ねでもあったのです。

 

 

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