「ごめん、今日はあげられないの」…初めて漏らした本音
悠真くんが次に遊びに来たのは、春休みのある午後でした。
和枝さんはいつものように麦茶を出し、冷凍していた唐揚げを温めました。悠真くんは学校の話をし、友達とゲームをしていることを楽しそうに話しました。
その時間は、和枝さんにとって確かに幸せでした。しかし帰り際、悠真くんが何気なく言いました。
「ばあば、今日もお小遣いある?」
和枝さんは一瞬、言葉に詰まりました。いつも渡していた封筒は、用意できていませんでした。財布の中には数千円しかなく、月末までの食費と病院代を考えると、とても1万円を渡せる状況ではなかったのです。
「ごめん、今日はあげられないの」
悠真くんは少し驚いた顔をしましたが、すぐに「わかった」と言いました。けれど和枝さんには、その表情が忘れられませんでした。
その夜、長女から電話がありました。
「お母さん、悠真にそんなに渡してたの?」
「1万円なんて多すぎるよ。無理してたんじゃないの?」
和枝さんは、初めて本音を漏らしました。
「無理してたつもりはなかったの。でも、最近は本当に苦しくて……」
高齢者の生活は、外から見るだけでは分かりにくいものです。持ち家があり、年金が入っていると、「何とか暮らせている」と家族は思いがちです。しかし、光熱費や食費の上昇、通院費、家の維持費が重なると、小さな支出の積み重ねが生活を圧迫します。
長女は、その後、悠真くんと話し合いました。
「ばあばの家に行くのは、お金をもらうためじゃないよね」
それから和枝さんの家では、来訪時の小遣いをやめることになりました。代わりに、一緒におやつを作ったり、近くの公園を散歩したりする時間を大切にしています。
「最初は寂しかったです。でも、孫が“ばあばの唐揚げ食べたい”って言ってくれて、少し救われました」
家族への愛情は、ときに“無理をすること”と結びついてしまいます。しかし、支える側の生活が崩れてしまえば、その関係は長く続きません。
「もう余裕がない」。それは、これからも孫と穏やかに関わっていくために、ようやく言えた大切な一言だったのです。
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