「十分ある」の繰り返し…通帳に残っていた想定外の数字
数年後、恵子さんが異変に気づいたのは、自宅の外壁修繕を検討したときでした。
業者から示された見積もりは約250万円。恵子さんが支払いについて確認すると、正明さんは言葉を濁しました。
「少しタイミングを見よう」
不審に思った恵子さんが通帳や証券口座の状況を確認すると、金融資産は想像以上に減っていました。
旅行や車、孫への援助だけではありません。投資していた一部の金融商品は値下がりしており、損失を取り戻そうとして別の商品に乗り換えた履歴もありました。さらに、生活費の不足分を毎月少しずつ取り崩していたため、残高は数年前の想定を大きく下回っていたのです。
「どうして相談してくれなかったの?」
恵子さんが問い詰めると、正明さんはしばらく黙ったあと、こう言いました。
「心配させたくなかった」
しかし恵子さんには、その言葉が言い訳に聞こえました。
「任せろと言ったのに…」
金融庁は、資産形成において「長期・積立・分散」の考え方を示していますが、老後資金の運用では、取り崩し時期や生活費とのバランスも重要になります。値動きのある商品に偏りすぎると、必要な時期に資産が目減りしている可能性もあります。
正明さんの場合も、運用そのものが悪かったわけではありません。問題は、妻と情報を共有せず、支出と運用を一人で抱え込んだことでした。
その後、夫婦はファイナンシャルプランナーに相談し、生活費、医療費、住宅修繕費、将来の介護費を改めて試算しました。旅行や援助の頻度も見直し、投資額もリスクを抑えた形へ整理することになりました。
正明さんは、いまでは家計状況を毎月一緒に確認しています。
「自分が何とかしなきゃと思いすぎていたのかもしれません」
威勢のいい言葉で始まった老後でした。
しかし、老後資金は「任せる」「任せられる」という関係だけでは守れません。
夫婦で同じ数字を見て、同じ不安を共有し、必要な支出と守るべき資産を一緒に考えること。それを怠った数年間が、夫婦にとって、もっとも大きな誤算だったのです。
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