オケージョンを利用して認識を変える
市場での苦戦が続くとき、その原因は必ずしも商品の欠陥や品質の問題にあるとは限らないと筆者は考えています。
多くの場合、問題の本質は「ある商品に対する消費者の認識の多様性がない、または単一の認識しかないこと」と考えています。筆者は、商品に対する従来、または既存の認識そのものが間違っているとは思っていません。むしろ、消費者がそのブランドや商品を思い出す“入口”――つまり「欲しい」と思うきっかけが少ないことこそが課題であると考えています。
既存商品の売上が停滞しているとき、広告を増やしても、売り場面積を拡大しても、営業を強化しても成果が上がらないとすれば、それは認識の問題を抱えている可能性が高いといえます。
「認知度向上の施策を続けているのに売上が伸びない」「店頭露出を増やしても購買につながらない」「競合と差別化できず、価格競争に巻き込まれている」
これらの多くは、商品が「どの文脈で」「どんな価値として」受け取られているかが、非常に限定的であるか、あるいは競合他社と同じであることに起因しています。したがって、取るべきアプローチは「さらに認知を広げること」ではなく、「認識を再設計すること」です。
一方、新商品や新カテゴリーの場合は、そもそも消費者がその価値を理解できていないケースが多く見られます。機能的には優れていても、「どんな場面で使うものなのか」「自分にどう関係するのか」が明確でなければ、商品は存在していないのと同じです。この場合に求められるのは、最初から正しい認識を設計することです。
例えば、2003年に発売されたサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」は、新商品として認識を設計した代表的な例です。
サントリーは長年ビール市場で苦戦していましたが、「ザ・プレミアム・モルツ」でポジションが変わりました。当時のビール市場は、国内大手メーカーのビールはどの銘柄もピルスナータイプが主流、そして3大ブランドの「アサヒスーパードライ」「キリン一番搾り」「サッポロ黒ラベル」に加えて、プレミアムビールカテゴリーとして「エビスビール」が存在していました。このような競合環境のなか「ザ・プレミアム・モルツ」は、プレミアムビールカテゴリーとして製法や品質、材料を訴えるのが定石ですが、そうはしませんでした。
彼らが注目したのは、週末、というオケージョン(シーンと気分)でした。「最高の品質で、最高の週末を」というメッセージに加え、「金曜日はプレモルの日」というコミュニケーションで、品質という商品特徴をただ訴えるのではなく、品質を体験してもらう理想的な瞬間を提示したのです。
「ザ・プレミアム・モルツ」は、 ビールそのものを大きく変えたわけではありません。 “週末に飲む特別なビール”という新しいビール選びの入口をつくったといえます。その結果、「金曜日のビールならザ・プレミアム・モルツ」という認識を獲得しました。
このように、ある特定のオケージョンにおいてブランド価値を提案することを「オケージョナルベネフィット」と呼び、これをマーケティングに取り入れる活動は「オケージョンマーケティング」といいます。サントリーはこの活動を通じて、「ザ・プレミアム・モルツ」だけでなく、ビール選びの新たな基準をつくりました。
重要なのは、認識転換は商品のスペックや品質を変えることではないという点です。
同じ価値でも、状況(例: コロナ禍)やオケージョン(例: 週末)によって、人々の認識は大きく変わります。それは「正しいカテゴリーに置き直すこと」ではなく、「ものの見方を柔らかくとらえること」であり、そこには必ずヒットの種が潜んでいます。
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