大規模な広告投資を行って商品の「知名度」を上げたにもかかわらず、実際の売上やシェアにまったく繋がらなかった……そんな落とし穴に陥っていませんか? 売上を左右するのは、単純に名前を知っているかどうかではありません。本記事では、松本淳氏の著書『ヒット商品を生み出す!認識のからくり』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋・再編集して、有名ブランドのデータから紐解く認知度と購入意向の驚くべき乖離や、商用車のイメージが強かった四角いワゴン車を「家族の味方」へと生まれ変わらせたホンダ・ステップワゴンの名作事例から、消費者の頭の中を書き換える「認識転換」の本質を解説します。

「欲しいと思う人」がいないのに認知の拡大は意味がない

筆者が企業のマーケティング担当者と話していると、「売上が伸びないのは商品の知名度が足りないからだ」「もっと多くの人に商品を知ってもらいたい」という声をよく耳にします。

 

確かに、認知を高めることは購買行動の前提条件であり、知られていない商品を買ってもらうことはできません。しかし、この発想には大きな落とし穴があります。

 

マーケティングにおける「認知度」とは、商品名やブランド名を見聞きしたことがあるか尋ねた際に「知っている」と答える人の割合を指します。ところが、この数値と売上は必ずしも比例しません。

 

調査会社YouGovが米国で実施した調査 "Most persuasive brands 2025" によると、食品カテゴリーでは対象者のうち認知が60%を示しているのに対し、購入意向を示す人は3%となっています。歯磨き粉や洗剤などの家庭・日用品カテゴリーでも、「認知75%」に対して「購入意向3%」という結果が報告されています。

 

米国消費者の認知から購入に至る割合
米国消費者の認知から購入に至る割合

 

この傾向は日本でも同様です。2025年4月末でサービスを終了した二次元コード決済の「LINE Pay」は、大規模な広告投資により認知率86.8%を獲得しましたが、実際の利用シェアはわずか7.9%にすぎませんでした(MMD研究所「2019年2月QRコード決済サービスの利用に関する調査」)。

 

また、「楽天モバイル」も2020年時点でのMMD研究所の調査による認知率75.6%に対し、総務省が発表した2025年3月末の契約シェアは3.9%という開きがあります。

 

つまり、多くの人に知られてはいても、「使いたい」と感じる人はごくわずか――すなわち“知っているけれど欲しくはない”状態なのです。

 

この現象は特定業界に限らず、ほとんどの市場に共通しています。飲料業界では、毎年発売される新商品の約9割が1年以内に姿を消すといわれています。化粧品分野でも、年間数千点の新商品が投入されるものの、継続的に売れ続けるのはごく一部にすぎません。いずれも発売当初は広告投下によって一定の認知を得ているにもかかわらず、購入やリピートにはつながっていません。

 

なぜ、このような乖離が生まれるのでしょうか。背景にあるのは、市場の「コモディティ化」です。商品やサービスの機能差がなくなり、「どれも似たようなもの」と見なされてしまう状態では、消費者の関心を引くことが極めて難しくなります。

 

緑茶飲料はかなりコモディティ化が進んでいます。「お〜いお茶」でも「伊右衛門」「綾鷹」であっても大きな違いはなく、なんとなく購入している人も多いのではないでしょうか?

 

マーケティングの世界では、認知度が高くてもシェアにつながらないことは常識に近い知見です。売上を左右するのは「知っているか」ではなく、「好きかどうか」であり、単なる知名度よりも、好意や欲求の形成こそが購買行動を引き出す要因になるのです。

 

この点を、日本におけるマーケティングの第一人者である音部大輔氏はDIGIDAYに掲載された対談「『会話がはじまるパブリックメディア』トップマーケター音部大輔氏と考える、タクシー広告の新・価値創造(取材・三浦純揮氏)」において、次のように述べています。

 

「実は私は、認知をそれほど重視していません。たとえば、誰かを好きになるときに、名前を先に覚えてから好きになることはあるでしょうか? 普通は、好きになったから、名前を覚えるのではないでしょうか。認知というのは、名前を知ることではなくて、それを好きになることだと思うんですよ」

 

つまり、知名度を上げることよりも、まず好きになってもらうことが重要なのです。しかし、この好きをつくること自体が難しくなっています。なぜなら、多くの市場では「何を欲しいと感じるか」の基準そのものが、すでにNo.1ブランドによって定義されているからです。

 

例えば、スマートフォン市場では、長らくiPhoneが「欲しいスマートフォン」の基準を形づくってきました。他社がどれだけ高機能な製品を開発しても、消費者は「iPhoneと比べてどうか」という軸で評価します。

 

これは心理学でいう「アンカリング効果」によるものです。最初に提示された基準が “錨”のように意識に固定され、その基準に判断が縛られる――これがアンカリングの仕組みです。

 

市場のルールをつくったブランドが評価軸を支配している限り、後発企業は常に不利な立場におかれます。そして、他人がつくったルールのなかで知名度を上げても勝ち目がなく、自分を好きになってもらえる世界をつくらないと選んでもらえません。

 

かつて携帯電話市場では「多機能・高機能」が価値の中心でしたが、iPhoneの登場によって、携帯電話の価値を決めるルールが一気に変化してiPhoneがNo.1になりました。従来の市場のルールで改善を繰り返し、質を高めることでももちろん収益を上げることはできますが、小さくてもできれば自分がアンカリング効果を発揮できる場(競争軸)をつくることに力を注ぐほうが、収益性が高まります。よく大きな市場の2番を狙うよりも、小さな市場でも1番のほうが大切というのはこのようなアンカリング効果を発揮するという面もあります。 

 

知名度だけに頼った戦略は、すでに限界を迎えています。成熟市場では、「知っている」だけでは売れません。重要なのは、消費者の視点を変え、ブランドや商品の“見られ方”(状況)を変えて好きになってもらい、最後には選んでもらう「理由」をつくることです。そしてこれをマーケティング活動に戦略的に取り入れることが「認識転換」というアプローチです。消費者に定着してしまっている認識を意図的に動かす手法です。

 

 

次ページファミリーカーの認識を転換させたステップワゴン

※本連載は、松本淳氏の著書『ヒット商品を生み出す! 認識のからくり』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、解説します。

ヒット商品を生み出す! 認識のからくり

ヒット商品を生み出す! 認識のからくり

松本 淳

幻冬舎メディアコンサルティング

消費者の「認識」を変えることが “売れる”“選ばれる”商品をつくるカギ 驚き 象徴 現象 納得  4つの要素を駆使して 商品やブランドの市場価値を高める! 多くの企業が「認知度を上げれば売れる」と信じ、商品や…

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