「認識のからくり」を利用した新たなマーケティング手法とは
筆者はこれまで 30年以上にわたり、マーケティング・PR 分野で数多くのブランドや商品の戦略に携わってきました。そのなかでクライアントから最も多く寄せられる要望の一つが、「まずは商品や商品特徴の認知度を上げたい」というものです。多くの企業が知ってもらうことを出発点とし、そのためにコミュニケーション投資やメディア露出の強化を図ります。
しかし、現場で繰り返し直面したのは、認知度の向上が必ずしも売上アップに直結しないという経験でした。一方で、知名度が決して高くないにもかかわらず、急成長を遂げるブランドも少なくありません。この経験を通じて筆者が確信するようになったのは、売上を動かす本当のカギは「認知の向上」ではなく、消費者の「認識転換」にあるということです。
この手法の核心は、商品そのものを変えるのではなく、消費者の頭の中でその商品のとらえ方を変えることにあります。同じ商品でも、状況が変われば、まったく新しい価値を生み出すことができるのです。
この手法を効果的に活用するためには、何よりもまず「認知」と「認識」の違いを明確に理解しておく必要があります。
認知とは、単純に「知っているかどうか」です。ブランド名やロゴ、広告、CMなどを通じて、人の目や耳に触れた結果、「見たことがある」「聞いたことがある」と答える段階がこれにあたります。調査の世界では、特定のブランドを「知っている」と回答した人の割合を「認知度」と呼びます。
一方、認識とは単に「知っている」ではなく、場面や状況によって変わる期待の先にブランドや商品が存在していることです。
繰り返しますが、重要なのはこの人の認識が状況によって変化することであり、言い換えれば状況次第で同じ商品でも消費者にとってはまったく別の商品として映ります。
この“状況”によって価値が変わるという本質を音部氏も同じインタビュー内で端的に指摘しています。
「最近、こういう話をよくするんです。今、ここにペットボトルのお茶があります。『このお茶はいいお茶ですか?』と尋ねると、皆さん、このお茶をじーっと見るんです。しかし、このお茶がいいかどうかを決めるのは、このお茶自体ではなくて、このお茶が置かれている状況なんですよね。すごくのどが乾いているときにこのお茶を飲めば、きっとものすごく美味しく感じるはずで、だとすると、このお茶は『いいお茶』です。
また、このお茶の隣に何が置いてあるかによっても、お茶の価値は変わります。だから、お茶だけをじーっと見た時点で、負けフラグが立ちます。お茶自体に価値が内包されているわけではないからです。もちろん、どんな状況であれ、このお茶が全くの無価値ということはありません。しかし、お茶を買った人がなぜこのお茶を買おうと思ったのかといえば、その人の手にはお茶がなかったからです。もしすでにお茶を持っていれば、買おうと思いません。つまり、お茶自体に意思決定や判断を促すものはないんです」
この視点を踏まえると、認識転換に重要なのは、“状況”をいかに設計できるかだと分かります。
2025年9月25日付の日本経済新聞に「限界OLが栄養飲料成長けん引『#型消費』という市場開拓」という記事が掲載されました。
冒頭では「一発から習慣へ変わる栄養ドリンク」というフレーズについて触れられていました。「一発」で想起される栄養ドリンクといえば大正製薬の「リポビタンD」がありますが、従来「疲れたときの一発」「もうひと踏ん張りのための一本」という 即効性を訴求した商品が主流でした。効果や成分を中心とした認識のもとで市場が形成されていたのです。
しかし、働き方改革の進展や、心身のセルフケア意識の高まりといった社会背景の変化を受けて、消費者の意識にも変化が起きています。記事では、ポッカサッポロフード&ビバレッジ社の「キレートレモン」を筆頭に、クエン酸を有効成分とした継続摂取型の栄養ドリンクが成長を遂げていると紹介されています。疲労対策は「一時的な回復」から「日々のコンディションを整える習慣」へと認識が変化しているのです。
つまり、同じ疲労対策の栄養ドリンクというカテゴリーにおいても、消費者の頭の中で“即効性”から“日常の習慣”へと認識が切り替わることで、ブランドや商品の見られ方が一変するのです。

