ファミリーカーの認識を転換させたステップワゴン
ファミリーカーの定番として広く知られるホンダの「ステップワゴン」は、消費者の認識を転換させることで成功した代表的な事例です。この事例を理解するには、発売当時の自動車市場における常識を振り返る必要があります。
1990年代半ばまで、ファミリーカーといえばセダンやステーションワゴンが主流でした。一方で、ステップワゴンのように背が高く、四角い形状のワゴン車は、もともとトヨタのハイエースや日産キャラバンなど、商用車をベースに発展してきたカテゴリーです。そのため、こうした車は「荷物を運ぶための車」という認識が根強く、一般家庭のファミリーカーとして選ばれることはほとんどありませんでした。
1980年代に入ると、トヨタ・ライトエース/タウンエース、日産バネットなど、商用バンを乗用化したモデルが登場し始めます。自動車メーカーはその空間の広さに注目し、家族向けとしての訴求を試みましたが、消費者の認識はなかなか変わりませんでした。「背が高くて四角い車=商用車」という固定観念は依然として強く、「ファミリーカーといえば低くて流線形」というイメージが支配的だったのです。
その状況を一変させたのが、1996年に登場したホンダ・ステップワゴンでした。
1996年当時、すでにミニバンがファミリーカーとして徐々に人気になりつつあるなか、後発で市場に参入したステップワゴンが「家族と一緒に楽しい思い出をつくる相棒」としてミニバンの新しい認識をつくりました。
このときのキャンペーンは、博報堂時代のアートディレクター佐藤可士和氏が、鈴木聡氏による「こどもといっしょにどこいこう。」というコピーとともに、絵本を思わせるような広告クリエイティブを通じて新しいファミリーカー像を打ち出しました。
注目すべきは、一般的な車の広告のようにスペックやシーンを打ち出すのではなく、認識の転換によってファミリー層の支持を得たことです。
低床設計による乗り降りのしやすさ、広々とした室内空間、スクエアで親しみやすいデザイン――これら既存の特徴を「子育て世代にとって体験を大切にする」という意味づけに変換しました。ボックス型という同タイプの車でありながら、語る文脈を変えることで新しい価値を生み出したのです。
この認識転換は今に続く劇的な影響を与えました。ステップワゴンは発売直後から多くの子育て世代に受け入れられ、日本のミニバン市場を牽引する人気車種になりました。発売当時、ミニバンが新興市場として誕生していたものの、まだまだ商用車の印象が強かった四角いワゴン車が、「家族のための車」として広く認識されるようになったのです。その結果、ホンダは1994年の初代オデッセイの登場で「ミニバン文化の発火点をつくり」、ステップワゴンでミニバンをファミリー層に押し広げて、「現代のミニバン文化の基礎」をつくりました。
重要なのは、ホンダが市場のなかで“商品をどう見せるか”ではなく、“どう見られているか”に焦点を当てた点にあります。消費者の頭の中にあった「ワンボックスカー=仕事用の荷物を運ぶ車」という構図を、「ワンボックスカー=家族との楽しい体験へと運ぶ車」へと書き換えました。それは、製品を変えずに認識を変え、ファミリーカーのあり方を変えた典型的なケースです。
この事例が教えてくれるのは、価値は機能によってではなく、状況によって生まれるということです。
どれほど優れた性能を持っていても、その価値が「どの文脈で語られるか」によって、受け取り方はまったく異なります。ステップワゴンは、基本的なスペックを変えることなく、コミュニケーションの力だけで「商用車の延長線」から「家族の象徴」へとポジションを変えました。それはまさに、「同じ機能でも、異なる認識があれば別の価値が生まれる」ことを証明した、マーケティング史に残る成功例だと筆者は考えています。
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