息子から送られたメッセージ
画面には、息子さんからの短いメッセージが残されていました。
「お母さん、もう、頼ってこないで。こっちはこっちで本当に大変なんだ。悪いけど、連絡すら控えてほしい」
たった三行。それでも、その三行が、綾子さんが30年かけて育んできた親子の関係を、崩すのには十分でした。
「わたくし、いけないことをしてしまったようです……」
詳しく聞くと、そこには息子夫婦とのボタンのかけ違いがあったようです。以前の綾子さんは月に二、三度、息子に電話やLINEを送っていたそうです。「今日は近所の桜が満開でしたよ」「健康診断の結果がよくて安心しました」「孫に会いたいわね」。決して大きな相談事ではなく、本人としては「ささやかな親子の会話」のつもりでした。
しかし、息子は管理職に昇進したばかり。共働きで小学生と中学生の子どもを育てながら、毎日が多忙な様子。息子の妻も仕事と家事で疲弊しきっているとのこと。母親からの何気ないメッセージが、いつしか心の余裕を削る重荷になっていたのかもしれません。
それがここ半年、綾子さんのLINEへの返信がほとんどないことから、行動がエスカレートしてしまったそうです。「息子に会いたい」という寂しさから、事前の連絡なしに手料理を抱えて東京の息子の家を訪れるように……。月3万円ほどの自由に使えるお金のなかから、自宅と東京を往復する交通費やお土産代、食材費を捻出していたため、自身の生活費はさらに圧迫されていたといいます。
さらに、偶然みつけた息子の妻のSNSアカウントの投稿に対し、LINEで直接メッセージを送るようにもなっていました。「隆の顔が疲れているようですが、ちゃんと栄養のあるものを食べさせていますか?」「週末くらい、もっと隆を休ませてあげてくださいね」――。
唯一休める場所である自宅への訪問や、LINEでのアドバイスは、息子の妻にとって大きな精神的負担になっていたようです。妻から「これ以上は体調を崩してしまう」と相談された隆さんは、自分の家庭を守るため、苦渋の決断をせざるを得なかったと推察されます。
ここで、ファイナンシャルプランナーとして客観的な数字をお伝えします。総務省「国勢調査(令和2年)」および内閣府「高齢社会白書(令和7年版)」によれば、65歳以上で一人暮らしをしている女性は約441万人にのぼり、65歳以上女性人口に占める割合は22.1%です。さらに令和32年(2050年)には、この割合が29.3%まで上昇すると推計されています。
年金額についても触れておきます。厚生労働省「令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によれば、厚生年金を受給されている女性の平均年金月額は10万7,200円。綾子さんの12万円は、平均をわずかに上回る水準です。決して恵まれていないわけではない、けれども豊かでもない。多くの人にとって、まさに「自分事」として感じられる金額ではないでしょうか。
「わたくし、あの子のためにと思って自分のことはずっと後回しにしてきました。でも、もしかすると、自分の人生を息子に背負わせていただけだったのかもしれません」
ハンカチを握りしめながら、綾子さんは静かにそう呟きました。夕食はいつも一人。テレビをつけても、話しかけてくれる相手はいません。聞こえてくるのは、リビングの掛け時計の針の音だけだと心痛を語ります。
