孫へのお小遣いが月3万円に膨らんだ理由
「私、孫が遊びにくるのが、最近少しだけ怖くなってしまって」
そう小さな声で切り出したのは、当事務所へ相談に来た山田晴子さん(仮名/73歳)です。夫を5年前に病気で亡くし、現在は都内の自宅で一人暮らしをしています。月々の年金収入は約14万円。夫が遺した預貯金を取り崩しながら、慎ましく生活してきました。
「孫は本当にかわいいんですよ。3歳と6歳の女の子で、娘夫婦が共働きなものですから、平日も保育園や学校の帰りに、私の家に寄っていくんです」
晴子さんが家計簿をテーブルに広げながら指差したのは、ある一行に書かれた数字でした。
「ここなんです。孫関連の支出。月3万円なんですよ。最初は数百円のお菓子代だったのが、いつの間にかおもちゃをねだられたら買ってあげて、外食代も私が出すようになって」
家計を拝見すると、固定費が約9万円。残り5万円のうち、3万円が孫への支出に流れていました。手元に残るのは2万円ですが、食費や日用品、医療費までを賄うには到底足りず、毎月、貯金から取り崩しを続けていたのです。
「いまの貯金は600万円ほどあるんですけど、3年前は800万円あったんです。気づいたら200万円も減っていて。さすがに、もう続けられないと思いまして」
家計簿に並ぶ細かな数字の連なりには、晴子さんの優しさと、それゆえに揺らぎはじめていた生活基盤が、はっきりと刻まれていました。
月3万円の支出が、老後資金に与える想像以上の影響
晴子さんのケースは、決して特殊な例ではありません。前述の家計調査が示しているように、高齢世帯の家計は、もともと毎月数万円の赤字が前提となる構造です。単身の高齢女性となれば、可処分所得はさらに少なく、ゆとりはより小さくなります。
「晴子さん、月3万円の支出を、年間と10年で計算してみましょうか」
月3万円×12ヵ月で年間36万円。10年では360万円です。
「これだけのお金があれば、ご自身の医療費や介護費にしっかりと充てられる金額になります」
晴子さんは黙って、その数字をみつめていました。
公益財団法人生命保険文化センターの『2024(令和6)年度生命保険に関する全国実態調査』によれば、過去3年間に介護経験がある人の月々の介護費用は平均約9.0万円、介護期間は平均約4年7ヵ月、加えて一時的な費用が平均約47.2万円とされています。単純計算でも、500万円を超える額が老後の後半に必要になる可能性があるのです。いまのペースで貯蓄を取り崩し続ければ、晴子さんの場合、介護が必要になるころには資金がほぼ底を突く計算でした。
「でも先生、娘夫婦は共働きで余裕がなさそうですし、孫の喜ぶ顔をみたくて」
晴子さんの言葉は、多くの祖父母の本音そのものだと感じます。ですが、ここで一つ、厳しい現実を伝えなくてはなりませんでした。
「もしご自身の介護が必要になったとき、その費用を娘さんに頼ることになるかもしれません。いま、お孫さんに月3万円を渡し続けることが、将来娘さん夫婦に経済的な負担をお願いする可能性を高めてしまう。お孫さんを思う気持ちが、結果として娘さんを困らせる形になりかねないのです」
晴子さんは少し涙ぐみながら、ゆっくりとうなずきました。
孫を思う優しさは、確かに尊いものです。けれど、その優しさが自分の老後の選択肢を狭め、ひいては子世代の負担になってしまう。この構造は、想像以上に多くの家庭で進行しているのが実情です。

