「これで肩の荷が下りる」…海辺の暮らしに託した老後
首都圏で長く暮らしてきた文雄さん(仮名・72歳)と妻の洋子さん(仮名・70歳)は、1年半前、都内近郊の自宅を売却し、海辺の町へ移り住みました。売却益は約2,000万円。住宅ローンはすでに完済しており、夫婦の年金収入は月24万円ほどありました。
「子どもも独立したし、もう広い家はいらない。これからは海の近くで静かに暮らそう、という話になったんです」
きっかけは、洋子さんのひと言だったといいます。
「せっかくなら、残りの人生は好きな景色の見える場所で暮らしたい。毎日せかせかしない生活をしてみたいって」
夫婦は、駅から離れた場所にある中古の平屋を購入しました。価格は売却益の範囲内に収まり、庭もあり、海まで歩いて行ける立地でした。
「家賃もローンもないし、年金で十分やっていけると思っていました。正直、かなり余裕のある老後になると考えていたんです」
移住してしばらくは、まさに理想通りだったそうです。朝は海沿いを散歩し、地元の魚を買い、午後は庭の手入れをする。休日には、近くに住む人と立ち話をすることも増えました。
「東京にいた頃より時間がゆっくり流れる感じで、“ああ、移ってよかったな”と思っていました」
ですが、移住から半年ほどたった頃、その穏やかな生活に少しずつ影が差し始めます。最初に重くのしかかったのは、交通費と車の維持費でした。
最寄りのスーパーまでは車で10分以上。総合病院へは30分近くかかります。バスはあるものの本数が少なく、通院や買い物を考えると車は手放せませんでした。
「引っ越す前は、“車があれば何とかなる”くらいに考えていたんです。でも実際には、ガソリン代、保険、車検、タイヤ交換まで、じわじわ効いてきました」
さらに、海辺特有の環境も想定外でした。潮風の影響で外壁や給湯器の傷みが早く、雨どいや網戸も傷みやすい。購入後1年ほどで、小さな補修がいくつも必要になったのです。
「一回一回は数万円でも、重なると大きいんです。“持ち家だから安心”と思っていたのに、賃貸のほうが気楽だったかもしれないと感じることもありました」
総務省『家計調査(2025年)』によると、二人以上の世帯の平均消費支出は月31万4,001円です。住居費が抑えられても、車や修繕費、医療費が重なれば、家計に余裕がなくなることは十分にあり得ます。
そんななか、久しぶりに両親の家を訪ねたのが、長女の由紀さん(仮名・44歳)でした。
「電話では“元気にやってる”としか言わないので、安心していたんです。でも、行ってみたら思っていたのと全然違いました」
