夫が見ていた家計と、実際の家計
田村さんにとって衝撃だったのは、残高の少なさだけではありませんでした。自分の収入水準なら、少なくとも毎月ある程度は貯蓄できていると思っていたからです。
しかし、通帳をもとに家計を洗い出していくと、現実は逆でした。収入はあっても、教育費、親支援、住宅の修繕、車の買い替え、物価上昇といった支出が重なり、家計は数年前から実質的に赤字化していたのです。
「給料がそれなりにあることと、老後資金が順調に増えていることは、まったく別の話だったんだと分かりました」
妻も、夫に相談しなかったことを悔いていました。仕事で疲れて帰ってくる夫に、その都度言い出せず、「ボーナスが入れば埋まるかもしれない」「来年は落ち着くかもしれない」と思ううちに時間が過ぎたといいます。
田村さん夫妻はその後、ファイナンシャルプランナーに相談し、退職時期と支出計画を見直しました。
すぐに退職するのではなく、継続雇用も含めて働く期間を延ばし、子どもへの支援も原則終了。保険や通信費を整理し、親支援についても兄弟姉妹と分担を再協議することにしました。
老後資金の不安は、残高の多寡だけで決まるものではありません。むしろ危ういのは、「それなりに収入があるから大丈夫」「家計は任せているから問題ない」と思い込んでしまうことなのかもしれません。
田村さんはそれから、家計簿アプリで夫婦が同じ数字を見るようにし、月ごとの収支と資産残高を共有しています。
定年は、会社を辞める時期であると同時に、家計の“思い込み”を清算するタイミングでもあります。老後資金の準備とは、口座にいくらあるかを確認することだけではなく、今どんな前提で暮らし、その前提がどこまで続くのかを夫婦で共有することなのかもしれません。
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