家業の仕事の基本を「より深く」学ばせる
今回は、ファミリービジネスの長期にわたる後継者育成において、特に初期の仕事経験が持つ二つの要素について考えていきます。
一般的にあらゆる仕事では、新参者に対して修業の期間が存在します。将来の事業承継が予定されているファミリービジネスの後継者も例外ではありません。筆者による老舗ファミリーの企業調査でも、家業へ入社後、初期の仕事経験の積ませ方に様々な方法がとられていることが明らかになっています。
この初期の仕事経験で持つ第一の要素が、家業での業務の基本的な手順や方法の習得です。
某海苔製造販売業での事例では、歴代当主を継承する後継者に、仕入部を経験させる慣習が存在しています。これは、仕入部の仕事が各部署との横断的な連携が必要な業務であり、全社的な業務の動きを理解することができるからです。
また、某産業資材販売業では、後継者は入社後かならず営業部門に配属され、六ヶ月間、経験豊かな営業員と同行して業務を学んでいました。これは、同社の基幹事業である営業部門では、現場の顧客接点における提案や関係維持、新規開拓などの業務の基本を学ぶことができるからです。
このように初期の仕事経験では、将来の経営者として帝王学を学ぶというよりも、自社の製品サービス、家業の各部署の役割、外部取引先との取引慣行などを習得することに重きが置かれています。
家業の組織文化や商慣習もきっちり理解させる
初期の仕事経験が持つ第二の要素は、ファミリービジネス関係者(家業の従業員など)と後継者との関係性の構築にかかわるものです。
入社直後の後継者にとって従業員は、家業での勤務経験において先輩にあたります。そのような経験豊かな従業員から受入れられるためには、後継者は家業の組織文化や商慣習を理解しなければなりません。
先述の某海苔製造販売業では、後継者が入社初期の頃に現場従業員と協働して煮炊きものを製造する作業を経験していました。また、某酒造メーカーの後継者の場合は、製造工場において他の従業員よりも早く出社して製造業務に従事するよう指導されていました。
これらの事例が示唆することは、現場の厳しい仕事経験は、後継者に対して仕事そのものの教訓以上に、現場従業員との厳しい仕事の協働を通じて組織的な受容をもたらしてくれる可能性があります。極端な話をすれば、ファミリービジネスの後継者は将来の事業承継が予定されていることから、職場の同僚や上司に気兼ねする必要はありません。
他方で、後継者は気兼ねする必要がないからといって高飛車な態度をとってしまうと、将来組織の中で裸の王様になってしまう可能性もあります。初期の仕事経験は、後継者が将来の経営者として組織から受入れられる下地づくりとして重要な意味を持っているといえるでしょう。
【図表 後継者の初期の仕事経験が持つ二つの要素】
かつての三井本家の家訓である宗竺遺書(そうじくいしょ)によると、「同族の子弟を丁稚や手代と同様に扱い、決して特別扱いしてはならない」と定められています。ファミリービジネスの後継者は将来の経営者候補であるからこそ、事業の当事者として家業の仕事の基本をより深く学び、家業の価値観を共有することによって従業員からも受入れられなくてはなりません。だからこそ、三井家では、後継者の家業入社後の仕事経験の重要性を認識し、家訓として世代から世代へと継承していったといえるでしょう。
<参考文献>
「中小企業の事業承継と企業変革:老舗企業の承継事例から学ぶ」『プログレス 2016年11月号(中部産業連盟機関誌、pp. 9-14)』(落合康裕、2016年)
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)
Barach, J. A., Gantisky, J., Carson, J. A., & Doochin, B. A. (1988). ENTRY OF THE NEXT GENERATION- STRATEGIC CHALLENGE FOR FAMILY BUSINESS. Journal Of Small Business Management, 26(2), 49-56.
Handler, W. C. (1992). The Succession Experience of the Next Generation. Family Business Review, 5(3), 283-307.