他社なら後継者として「特別扱い」はされない
後継者の他社経験には、後継者の学習(直接効果)、並びに自社と他社との関係構築(間接効果)の二つの重要な効果が存在します。
後継者にとって他社での勤務は、ファミリービジネスと違い、後継者として特別扱いをされる環境にありません。あくまで他の従業員と同様に、組織人としての厳しい訓練が施されます。ファミリービジネスの後継者はいずれ自社に戻るために、この他社経験の期間は限られたものとなります。この限られた期間に、いかに自社を担う後継者にとって必要な経験を積ませられるのか。後継者の修行の場の選択は、事業承継を進めていくうえで重要な意味をもっているのです。
自社を客観的に見る目を養える
一般的に後継者の他社経験とは、後継者に外部の仕事経験を積ませる目的で行われます。以下、外部での仕事経験の種類と効果について見ていきましょう。
第一に、自社と異なる業種で学ばせる効果があげられます。例えば、自社と関係のない業種で学ぶ場合、後継者は異質な商慣習や組織文化に触れることを通じて自社に異質な価値観を持ち込みやすいでしょう。
第二に、自社と取引関係がある企業で学ばせる効果です。例えば、同業他社で学ぶ場合、製品の企画や生産工程、市場開拓などについて、自社にない知識を吸収することができるでしょう。それだけではありません。入社した企業でどのような職務を提供されるのかということも、後継者の学習の点で重要となります。例えば、経営企画、財務、人事などのような職務は、経営管理要素が高い職務であり、後継者にとっては重要な仕事経験になるでしょう。また、製造や販売等のような職務は、業種毎または製品サービス毎の特性を学ぶことができるでしょう。
このように、後継者にとっての他社経験とは、自社を客観的に見る目を養せる効果があることがわかります。
【図表】他社経験の直接効果と間接効果の例
他社だから可能なネットワークが構築できることも
後継者の他社経験は、後継者自身による仕事経験からの学習効果だけではありません。典型的なものとしては、後継者の他社経験を媒介にした効果のことです。間接的な効果は、後継者個人ではなく、組織の効果といえるでしょう。
第一に、自社と他社の関係構築の効果があげられます。例えば、重要な顧客企業で後継者を勤務させる場合、自社にとっては顧客サイドの視点から自社の製品・サービスを企画開発できる能力を蓄積することができるでしょう。これによって、顧客企業からの信頼を得て長期的な取引関係が実現できるかもしれません。
第二に、対外的なネットワーク(地元の人脈等)構築の効果が考えられます。例えば、地元の金融機関で後継者が勤務する場合、後継者は取引関係を通じて地域の様々な業種の企業との繋がりをもつことができるでしょう。この関係は、後継者が経営者に就任してからも、重要な役割を果たしてくれる可能性があります。
このように後継者の他社経験とは、後継者自身による仕事経験からの学習の問題だけを示すものではありません。後継者の修行の場の選択によっては、自社と他社との関係にも影響を与えうる重要な課題といえるでしょう。
<参考文献>
『ファミリービジネスの事業継承研究:長寿企業の事業継承と後継者の行動』(落合康裕、神戸大学大学院経営学研究科博士論文、2014年)
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)