上司と部下の関係を「飛び越えた言動」は秩序を乱す
ファミリービジネスでは、現経営者(親)と後継者(子)の関係には二つの関係が内蔵されています。
一つは、一般的な家庭と同様に、純粋な親子関係のことです。
二つ目は、仕事世界における上司と部下の関係のことです。一般企業では、主に仕事世界における関係が中心となりますが、ファミリービジネスでは純粋な親子関係と仕事世界における関係をマネジメントする必要があります。
筆者の事例研究によると、事例企業の多くがファミリービジネスにおける親子関係のマネジメントに苦慮していることが示されています。
例えば、某資材メーカーでは、後継者が仕事現場で現経営者のことを「おやじ」と呼んでしまったケースがありました。この事例では、現経営者が多くの従業員が見ている前で「社長と呼ばんかい」と後継者を強く叱責していました。
また、某酒造メーカーでは、後継者が事務所で現経営者に業務指示に対して口答えをするケースがありました。この時は、現経営者の弟が状況を見かねて後継者を厳しく指導していました。
この二つの事例から読み取れることは、後継者が職場に純粋な親子関係を持ち込んでしまっていることがあげられます。職場に親子関係が持ち込まれることの負の効果としては、組織の秩序が保てなくなることです。ファミリービジネスの後継者といえども、現経営者(親)とは仕事世界における上司と部下の関係が存在します。上司と部下の関係を飛び越えた言動は、後継者に許されても、通常一般の従業員には許されない行為です。
その為、このような後継者の言動は、モチベーションや組織への帰属意識に悪影響を与えてしまう可能性が高まるでしょう。それだけではありません。このことは、特別扱いされる後継者と特別扱いされない従業員の間に大きな仕事上の距離感を作ってしまうことになり、後継者がファミリービジネスで十分なリーダーシップを発揮できないことに繋がる可能性もあります。
【図表】ファミリービジネスにおける親子関係の二重性
気兼ねのない関係がイノベーションを生み出す可能性も
他方、ファミリービジネスの親子関係は、その関係のマネジメント次第によって正の効果も期待することができます。筆者の事例研究によると、ファミリービジネスの現経営者と後継者との間には、率直な意見交換ができる関係が存在することが示されています。
例えば、某食品製造業では、重要な意思決定にかかわる内容について、親子間で忌憚のない意見交換がなされているケースがありました。ここからは、後継者が現経営者に対して経営上の異論や対案を示す機会を包含しているといえるでしょう。経営上の異質な意見のぶつけ合いは、イノベーションの発露となる可能性を高めてくれる効果があります。
それだけではありません。筆者の事例研究では、現経営者と後継者との間に親子関係があるからこそ、両者の衝突や対立の許容関係があることも示されています。通常、一般企業における経営上の異質な意見のぶつけ合いは、企業の分裂や内部の派閥闘争を生じさせてしまう可能性を秘めています。
他方、ファミリービジネスでは、親子関係があるからこそ、多少の世代間における衝突や対立が許容されているといえるかもしれません。その意味でファミリービジネスとは、一般企業と比較すると、経営上の異質な意見のぶつけ合いが上手に生成・処理される装置が内蔵されているといえるかもしれません。
<参考文献>
『ファミリービジネスの事業継承研究:長寿企業の事業継承と後継者の行動』(落合康裕、神戸大学大学院経営学研究科博士論文、2014年)
『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)