居場所のない職場から解放されたい毎日
「毎日、職場の空気を読んで、若い子の機嫌を損ねないように気を使う。そんな日々から解放されただけで、本当にせいせいしました」
坪根アキ子さん(仮名・53歳)は、昨年まで大手金融機関の事務センターで働いていました。勤続30年。仕事は正確で早いと評価されていましたが、50代に入ってから職場での立ち位置に悩み始めました。
「周りは20代、30代ばかり。私のような独身の古株は、どんなに愛想よくしていても『除け者』扱いされがちです。指導のつもりで注意してもパワハラといわれかねない。かといって管理職になりたいわけでもない。会社に居場所がないと感じていました」
そんなとき、会社が早期退職者の募集を開始しました。対象は45歳以上。通常の退職金に加え、年収の1.5年分にあたる特別加算金が出る条件です。計算すると、退職金総額は約2,200万円。これまでの貯蓄と合わせれば、資産は3,500万円になる見込みです。
「両親が残してくれた持ち家(実家)があるので、家賃はかかりません。独り身ですし、贅沢をしなければ、年金が出る65歳まで資産を減らしすぎずに暮らせると判断しました」
迷いはありませんでした。退職届を出した日、坪根さんは長年の肩の荷が下りたような軽やかさを感じたといいます。
早期退職で手にした、ほどよい人間関係と丁寧な暮らし
退職して1年。再就職はあえてせず、今は趣味や料理などの好きなことに時間を費やしています。
朝はゆっくり起きて、豆から挽いたコーヒーを飲む。昼は図書館へ行き、夕方はスーパーで旬の食材を買って丁寧に料理を作る。現役時代、忙しさにかまけてコンビニ弁当で済ませていたころとは、生活の質が劇的に変わりました。
「友人に話すと『暇じゃない?』と心配されますが、私にはこの静かな生活が合っています。たまに単発のアルバイトを入れることもありますが、人間関係がドライなので気楽です」
会社という組織のなかでは、年齢や勤続年数が足かせとなり、人間関係の軋轢を生んでいました。しかし、組織を離れた今、坪根さんは誰の目も気にすることなく、自分自身の時間を慈しむことができています。
「3,500万円の資産はありますが、一生遊んで暮らせる額ではありません。でも、嫌なことから逃げて、自分らしく生きるための資金としては十分です」
事務職女性をターゲットにした「早期退職募集」の波
坪根さんのような一般職・事務職の女性が、早期退職の対象となるケースは今後、増えてくることが予想されます。
東京商工リサーチの調査によると、2025年に「早期・希望退職募集」をした上場企業は43社、募集人数は1万7,875人に達しました。この背景には、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAIの導入による業務効率化があります。
特に金融や事務処理中心の業務はシステムへの置き換えが進んでおり、企業側はベテランの事務職社員を削減し、人員構成を適正化したいという意図を持っています。データ上では、黒字企業の募集が約7割を占めており、経営体力があるうちに割増退職金を支払ってでも人員整理を進める「黒字リストラ」が定着しつつあることが読み取れます。
坪根さんのように、持ち家があり単身で身軽なケースでは、この割増金を「自由への切符」として有効活用できる場合があります。しかし、これは生活コストを低く抑えられる条件が揃っているからこそ成立する「逃げ切り」であることを理解しておく必要があります。
[参考資料]
東京商工リサーチ「2025年 上場企業『早期・希望退職募集』状況」
