早稲田大学内部からの反対
研究医養成コースの設置に向けて動いた我々に対し、立ちはだかった最初の壁は、早稲田大学内部からの反対だ。
教授の間から出された意見は「早稲田の理工系の人材を奈良医大に送り出せば、優秀な学生を失うことになるのではないか」という懸念だった。これに対し、私は「理工系の教育を受けた上で医師免許を取得した研究者の存在が、学術界全体にとっていかに大きな価値を持つか」を訴え続けた。
医学と工学、さらには社会科学の知見を兼ね備えた人材は、基礎医学や社会医学の発展に必ず大きな役割を果たす。そのような人材を輩出することは、早稲田大学にとっても「新たな価値創造」につながるはずだ。熱意を込めて説明を重ねた結果、反対されていた教授も理解を示され、遂に承認を得ることができた。
制度上の思わぬ壁
しかしこのあと、制度上の思わぬ壁が立ちはだかった。申請締め切りのわずか数日前、早稲田大学から一本の連絡が入った。文部科学省に最終確認したところ、「奈良医大と早稲田の2校だけでは研究医養成コースの認可が下りない」という。なんと連携校として少なくとも1つの医学部が入っていることが条件だったのだ。
この知らせを受けると、私は頭を抱えた。しかし、迷っている時間はない。私はすぐに動いた。同じ耳鼻咽喉科が専門で旧知の関係にあった関西医科大学の山下敏夫理事長・学長(当時)に電話をかけ、連携を依頼したのだ。締め切り直前の突然の依頼だったが、ありがたいことに山下先生の返答は驚くほど速かった。
「分かりました。協力しましょう」。即断即決の一言に、私は深く感謝した。即決いただけたのは、山下先生自身が理事長と学長を兼務されていたことも大きい。もし、経営トップの理事長と、学長が別の人物である場合、双方の許可を得なければならず、申請日に間に合わなかっただろう。
こうして、奈良県立医科大学・早稲田大学・関西医科大学という三者の連携による「研究医養成コース」の枠組みが整った。土壇場の協力で無事に申請でき、2011年12月、文部科学省から正式に認可を得るに至った。そして翌2012年4月、研究医養成コースはついにスタートを切ったのである。
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