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翌日、偶然みてしまった「SNSの投稿」
施設での暮らしは快適でした。部屋は清潔で、スタッフも親切。栄養バランスの整った食事に、薬の管理もしてくれて、至れり尽くせりです。
でも、Aさんは毎日の生活にこれまでにはなかった違和感を覚えていました。特に食事です。栄養バランスが取れているし、食べやすい。でも、薄味のものばかりで、骨のついた魚なんて出てきません。歯がしっかりしていたAさんは、ときにはステーキ肉を食べたいと思うこともありましたが、そういったものはもう食べられないのです。
施設での寂しい夜、Aさんは少しでも家族とのつながりを感じたいと思い、スマートフォンを開きました。入院中に孫から教わったSNSで、家族の近況を眺めるのが最近の習慣になっていたのです。
「孫の写真でも上がっているかしら」
そんな淡い期待で嫁のアカウントを開いた瞬間、Aさんの指が止まりました。そこには、施設へ向かうAさんを見送った直後の日付で、晴れやかな空の写真とともに、信じられない言葉が綴られていました。
「やっと清々した。これで一安心」
一瞬、なにが起きたのかわかりませんでした。次の瞬間、手が震えました。
「私はあの子たちのために、家を出たのに。あんなに嫌だったのに。私を追い出すために嘘をついてたの?」
大切な我が家を捨て、食べたいものすら食べられない生活に耐えている自分。それなのに、自分を気遣うふりをした嫁が、自分のいなくなった家で「清々した」と喜んでいる。
自由も居場所も奪われ、ただ「管理される」だけになってしまった自分の境遇。そこへ追い打ちをかけるような嫁の悪意。もしかしたら自分が世界で一番かわいそうな老人なのかもしれない――そんな極端な考えが頭をよぎるほど、Aさんの心は追いつめられていました。誰にも相談できず、逃げ場もない。狭い居室で一人、孤独が、彼女から冷静な判断力を奪い、深い自哀の闇へと引きずり込んでしまったのです。
介護する側と、される側の「希望のずれ」
Aさんのようなケースは決して特殊な悲劇ではありません。介護の現場では実によく目にする、「家族のボタンの掛け違い」なのです。
ハルメクの行った「介護に関する意識・実態調査」によると、介護の理想と現実にはギャップがあるようです。介護する側は「施設を利用したい」と考える割合が高い一方で、介護される側の多くは「できる限り自宅で暮らしたい」と考えがちであることが明らかになっています。
Aさんもまた、「できる限り自宅で暮らしたい」と考えていた一人でした。しかし、家族を想って身を引いた親の側からすれば、Aさんのように悲観的になることも無理はないかもしれません。人生の晩年における「望む暮らし」を思い描くとき、「どこで暮らすか」は重要なパズルのピースとなります。長年積み重ねてきた生活の記憶のなかにある自宅で引き続き暮らしたい、と思うのは自然なことでしょう。
一方、嫁の「清々した」という言葉も、悪意というよりは、介護の重圧から解放された一瞬の本音だったのかもしれません。介護する側は、家族を大切に思いながらも、新たに費やさなければいけない時間や労力が生じます。多くの場合、仕事や家庭との両立や、投薬や手術などの重い判断を担わなければいけないという責任やプレッシャー、自分たちの将来の生活への不安も抱えることになるのです。
立場が違えば、優先したいものは変わります。どちらの思いも、共有されていなければ思わぬ悪感情を生むことになりかねません。
