(※写真はイメージです/PIXTA)

相続税対策として、外国籍の孫を受益者とする海外信託を活用すれば、日本の相続税や贈与税を回避できる――。こうした発想は、資産家の間で長く語られてきました。しかし、その前提に強い警鐘を鳴らしたのが、海外信託を巡る名古屋高裁の逆転判決です。祖父が米国生まれの孫を受益者として信託を設定したにもかかわらず、裁判所は「信託設定時点で贈与があった」と判断し、国税当局の課税処分を支持しました。この判断は、信託課税の考え方だけでなく、外国籍者への贈与や国外財産課税の在り方にも大きな影響を与えています。2025年12月に『富裕層の資産承継と相続税』を刊行した八ツ尾順一税理士がわかりやすく解説します。

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名古屋地裁は「受益時課税」を採用

第一審の名古屋地裁(平成23年3月24日判決)は、納税者側の主張を認めました。

 

名古屋地裁は、孫が信託契約上、第一次的な受益者とされていることは認めつつも、

・信託が受領する保険金を直ちに全額受領できるわけではないこと

・利益分配は受託者の裁量に委ねられていること

・限定的指名権者の指名によって、孫以外の者が利益を受ける可能性があること

といった事情を重視しました。

 

そのうえで、次のように述べています。

 

原告は、本件信託の設定時において、本件信託による利益を現に有する地位にあるとは認められない。

 

すなわち名古屋地裁は、実際に利益を受けた時点で課税すべきだとする「受益時課税」の立場を採ったのです。

名古屋高裁は逆転、設定時課税を認定

これに対し、控訴審の名古屋高裁は、名古屋地裁の判断を覆しました。

 

名古屋高裁は、信託契約の具体的内容に着目し、次のように判断しています。

 

本件信託契約4条1項は、受託者が自己の裁量により、被控訴人が生存する限り、その教育、生活費、健康、慰安および安寧のために妥当と認める金額を、元本および収益から支払うことを定めている。したがって、本件信託の設定時において、被控訴人は信託受給権を有するものと認められる。

 

つまり名古屋高裁は、将来の分配が裁量に委ねられていても、受益者としての地位が与えられている以上、信託設定時点で受益権の贈与があったと判断しました。その結果、課税庁の贈与税の決定処分が支持され、逆転で国税側の勝訴となりました。

判断の背景にある「租税回避防止」

名古屋高裁の判断の根底には、相続税法4条1項の趣旨、すなわち租税回避を防止するための規定であるという考え方があります。

 

高裁は、同条項について次のように述べています。

 

相続税法4条1項は、課税の公平の観点から、相続税および贈与税の回避(課税の繰延べや超過累進課税の回避)を防止するため、信託受益権を与えたときは、現実に信託の利益の配分を受けなくても、その時点で贈与があったものとみなして課税する趣旨である。

 

また、

・昭和13年改正では受益時課税

・昭和22年改正で信託行為時課税へ転換

・昭和25年改正でもこの考え方が維持

されてきた立法経緯を踏まえ、「設定時課税」と解釈するのが相当であるとしています。

国籍を問わない課税へと制度は進化

この名古屋高裁判決を一つの契機として、受贈者が日本国籍を有していなくても、贈与者が日本国内に居住している場合には、国外財産も課税対象となるという考え方が明確になっていきました。

 

さらに、平成29年度税制改正では、一時的に日本に住所を有する外国人同士の相続、贈与については課税対象を限定する一方で、租税回避防止の観点から、相続人等または被相続人等が「過去10年以内に国内に住所を有する日本人」である場合には、国内財産・国外財産のいずれも相続税・贈与税の課税対象とするという見直しが行われました。

現行制度下での最大の教訓

その結果、平成29年4月1日以後に相続、遺贈または贈与により取得する財産については、国籍や財産の所在地だけでなく、居住歴や当事者の属性が課税関係を大きく左右する仕組みとなっています。外国籍の孫を受益者とする海外信託であっても、「相続税対策だから安全」とはもはや言えません。

 

信託の設計次第では、設定時点で贈与税が課税されるリスクがある――本件判決は、その現実を明確に示しています。

 

八ツ尾 順一

大阪学院大学 教授

 

 

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